坂本龍一さんインタビュー詳報(上) 「音楽やアートは途絶えない」


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辺野古新基地の埋め立て海域の大浦湾を船上から視察し、美しい海に見入る坂本龍一さん=1月3日、名護市辺野古沖

 ことし1月、音楽家の坂本龍一さんは初の沖縄コンサートを開催し、平和への思いを沖縄県民と共有した。あれから5カ月。誰もが予想できなかった新型コロナウイルスの感染拡大で、沖縄や日本、世界の状況は一変した。ニューヨークを拠点とする坂本さんは今を見詰め、何を思うのか。琉球新報のインタビューに応じた。

 <新型コロナの影響で、ニューヨークはロックダウン(都市封鎖)が続くが、坂本さんは普段と変わらない生活を過ごしている。>

 「家で音楽を作っています。普段から外に出ることは少ないので、それほど生活は変わらないです。普段からインターネットを使って音楽の遠隔作業をすることも多く、以前から日本やほかの場所とミーティングもしています」

 「ただ、世界のさまざまな活動が激しくスローダウンしています。百年に一度の特殊な状況です。何と形容していいのか分からない、味わったことのない、独特な感覚が自分の中にあります。僕が文筆家だったら、この感覚を書き表せるでしょうけれども、僕は文章にできないので、音楽で表すシリーズを今やっています。自粛、隔離生活が2、3カ月になった人もいるでしょう。日本も長かった。こういう時に少し音楽でも聴いて、気持ちを変えてほしいという意味で、無観客ライブもしました」

 <坂本さんは東日本大震災で被災した小学生から大学生までの楽団「東北ユースオーケストラ」の代表・監督を務める。これまでに東京と福島で演奏会を開いたが、今年は新型コロナの影響で中止になった。>

 「5回目の公演は今年3月の予定でした。ベートーベンの交響曲第九番をメインとし、世界中の人がつながることを考えていました。第九には合唱が入ります。3・11以降も日本で毎年のように水害などの自然災害が起き、被災者が各地にいます。被災者と共に第九を演奏することで、各地の被災者を忘れないというメッセージを発したいと思い練習してきました。オーケストラの子どもたちや、支えた私たちにも意味のある公演になるはずでしたので、中止は残念です。3・11から10年となる来年に実施したいですが、コロナの第2波、第3波が来るかもしれません。せっかくのみんなの努力を無駄にはしたくないです」

コロナ禍を招く都市、バージョンアップを

 <感染から身を守るため、ニューヨークの暮らしでも消毒などに気を使う。>

 「手、ドアノブなど、こまめに消毒をしています。ニューヨークはまだロックダウン中ですが、最近は天気に恵まれています。自宅の小さな裏庭に出て、はだしで土に触れています。沖縄のようなところでは浜辺や、海に漬かるのもいいですね。紫外線は浴びすぎてもよくありませんが10、15分ほど浴びています。ビタミンDを作るためにも日光浴は必要で、それが最近の日課です。朝起きて天気がいいと、とてもうれしい気持ちになりますね。ぜひお勧めします」

 <4月、日本政府が緊急事態宣言を出した。東京オリンピックの延期も決まり、経済が大きく停滞した。芸術活動でも公演の延期・中止が相次ぎ、アーティストの苦境が続いている。>

 「人間は何万年も前から洞窟に絵を描いたり、歌ったりしてきた。氷河期など絶滅の危機は何度もあったが途絶えなかった。僕らの先祖たちの積み重ねで、こうやって音楽やアートをしている。絶対途絶えることはないと楽観しています。音楽は食えないし、大災害時には急ぎ必要とされない。でも、何万年も途絶えなかった。芸術の本来の在り方は、食べられるとか、お金になるとか、そういう効率のためではないと思います。音楽やアートがなくては生きられない。そういう生物でしょう、人間は」

 「都市化がコロナ禍を招きやすい状態を生みました。都市化は東京だけの話ではない。今や地球規模の都市化によって自然の破壊、生態系の破壊が進む。未知のウイルスと接触する機会が増えた。グローバル化は地球全体の都市化。グローバル化でウイルスが地球を覆う速度も早まってしまった。地球のすみずみに運ばれ、危険性が高まっている。自然と共生する経済活動、人間活動に変えていかなければ(コロナと)同じことが次々に起こるでしょう。経済活動の刷新、都市のバージョンアップが求められています。むしろ今回のコロナ禍は、ましな方かもしれない。今後予想される気候変動によって複合的な災害、地球規模の食糧危機などが起きるかもしれない。そう考えると、青ざめてしまいます」

 <戦後75年。沖縄は6月23日、慰霊の日を迎える。8月には広島、長崎の原爆忌がある。日本の戦後の歩みを振り返り、平和の尊さをあらためて再認識する節目の年だ。しかし、コロナ禍によって沖縄では全戦没者追悼式が縮小される事態が起きている。>

 「僕も残念ですが、大規模な集会はやはり避けるべきでしょう。映像を利用したり、インターネットを使ったりして、世界中に配信すれば何百万、何千万の人が見る可能性がある。情報を知らせるということでは、そんなに困ることはない。めげずにできることを取り組み、きちんと情報発信をすればいい」

辺野古で連想「蝦夷征伐」

ニューヨークで陶器の笛を吹く坂本龍一さん(提供・KAB America Inc.)

 <ことし1月、坂本さんは新基地建設が強行される名護市辺野古の海を訪れた。研究者が「マヨネーズよりも柔らかい」と指摘する軟弱地盤の問題があるにもかかわらず、工事が進むことに疑問を抱く。コロナ禍の対応に沖縄県が追われる中、日本政府が4月、軟弱地盤に伴う工法の設計変更を県に申請したことを聞き、坂本さんは大和政権と蝦夷を巡る説を思い出す。日本政府が高らかに主張する安全保障の脆弱(ぜいじゃく)性、矛盾を指摘した。>

 「辺野古の基地は常識的に考えると完成しない。仮に完成できても使い物にならないのでは。普通に考えたら機能しない。やっていますという、ただのアリバイでしょう。貴重な国民の税金を無駄につぎ込むのか。政府のコロナ禍対策でもお金の使い方が違う。おかしいことがたくさんある。決定までの経緯も明らかではない。これまで公文書も改ざんした。まったく信用ゼロです」

 「設計変更申請を聞き、大和政権による蝦夷征伐を思い出した。蝦夷を北にどんどん追いやった。和睦をしようと伝え、蝦夷のリーダーを宴会に招いた。大和政権が気持ちを入れ替えてくれたと、蝦夷側は信用して行ったが、宴会の席で殺されてしまう。今も昔も同じだと感じます。ひきょうですね」

 「コロナの対応について、世界の国家は試されましたね。どこの国が迅速、スマートに対応できるかというテスト。良い結果を出した国はニュージーランドやフィンランドなどいくつかあり、女性がリーダーということで共通しています。アジアでは台湾と韓国がうまく対処し、世界的な評価が上がりました。一方、各国の報道を見ると、日本の対応は悪い見本とされている。しかし、幸いにも日本で感染爆発が起きなかった。これは世界的なミステリーと受け止められています」

 「対中国の前線基地という理屈で辺野古の米軍基地、石垣島の自衛隊基地の必要性を日本政府は挙げる。石垣島から尖閣が近く、戦争を見据えるのでしょう。今回のコロナ対応で日本政府の危機対応能力を世界が知った。安全保障に関する信用性は落ち、基地を一つ、二つ造ったぐらいでは修復できない。国民も守ろうともせず、必要なお金も迅速にあてがわない。検査態勢、医療体制をすぐに拡充する努力もしない。最低です」
 (聞き手・松元剛編集局長 文・島袋貞治社会部長)

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 さかもと・りゅういち 1952年東京生まれ。78年「千のナイフ」でソロデビュー。同年「Yellow Magic Orchestra(YMO)」に参加。83年に散開。映画の世界では、出演し音楽も手掛けた「戦場のメリークリスマス」で英国アカデミー賞、「ラストエンペラー」の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞などを受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。

 環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」の創設、また近年では「東北ユースオーケストラ」を設立し被災地の子供たちの音楽活動を支援している。2019年には蔡明亮監督作品「YOUR FACE」で第21回台北映画賞音楽賞を受賞。ことし1月、吉永小百合さんとチャリティーコンサートin沖縄「平和のために~海とぅ詩とぅ音楽とぅ」に出演した。

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