坂本龍一さんインタビュー詳報(下)「原発、基地 必要なら東京に」


この記事を書いた人 Avatar photo 田吹 遥子
オンラインで琉球新報のインタビューに応じ、ニューヨークから沖縄にメッセージを送った坂本龍一さん=5月29日

 音楽家の坂本龍一さんが琉球新報のインタビューに応じ、沖縄への思いやコロナ禍の世界や日本について語った。10日付に続いて詳報する。

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 <首都圏の電力供給源として、福島に原子力発電所がある。日本の安全保障を支える米軍基地は沖縄に集中している。坂本さんは1月に沖縄を訪れ、限られた地域にエネルギー供給や安保の負担を押し付ける構造的差別を指摘した。日本の民主主義の未熟さ、医療従事者に対する差別に憤った。>

 「非常に難しい問題です。例えばアメリカも原爆を造り、先住民が住んでいる州で核実験を繰り返しました。ソ連もカザフスタンなどで次々に核実験を続けました。フランスはポリネシアで実施した。そんなに核が大切なら自国でやればいいのに。原発が必要なら東京に造ればいいし、基地が必要なら東京湾に造ればいい。明治維新で幕府側についた藩に、戊辰戦争で負けた側に原発がたくさんあるという話もあります」

 「日本の民主主義は非常に特殊で、ねじれていると感じる。政府上層部が反民主主義的で、独裁的です。憲法に、主権者たる国民の意思を表す機関として、国会は最高機関だと書かれています。その国会でなく、内閣が閣議決定で勝手に決めるならば独裁です。憲法の否定です。その下にある巨大な官僚・行政組織は民主主義的な細かい手続きにこだわる。そこがねじれとなり、その弊害がコロナの対応にも表れていると思う」

 「日本はフランス革命前のような社会です。市民革命が起きていないのです。台湾も韓国も、それまで軍事独裁という非常に過酷な状態だったのを、国民の汗と血でひっくり返しました。韓国の民主化は1987年、台湾で国民が総統を直接選べるようになったのは1996年です。それらの記憶はまだ新しい。犠牲を払って民主主義を勝ち取ったことが、身体に依然染みついています。日本人はそのような経験がないので、民主主義の大切さが分からない。気づいたら、あった。そこに問題があります。今の政権がこれほど非民主主義的なのに、国民の多くがおかしいと抗議しません。辺野古もそうです。国民全体の活動に広がらないのは、残念ながら民主主義が定着していないからでしょう。石垣島の自衛隊基地建設も大変な問題ですが、広くは知られていないです」

 「コロナウイルスの患者だけでなく医療従事者に対する嫌がらせ、誹謗(ひぼう)中傷は本当に想像を絶します。医療従事者は自らだけでなく、家族も感染する危険を承知で、献身的に治療している。長期にわたる疲労と混乱もあり、ニューヨークではトップの医者が自殺しました。そんな状態に追い詰められるまで闘っている医療従事者に対して、嫌がらせをするとは、あきれることを通り越して、形容しがたいです。どうしてこんな日本になったのでしょうか。社会の危機の時こそ、人倫と徳に基づいて行動するべきではないでしょうか。本当に情けないです」

ピアノを演奏する坂本龍一さん=1月5日、宜野湾市の沖縄コンベンションセンター劇場棟

密集や消費、変えるチャンス

<コロナ禍は人類に何をもたらしたのか。坂本さんは都市の成り立ちに触れ、混乱後の世界(アフターコロナ)に言及した。>

 「僕たちの先祖は1万年ほど前まで狩猟採取民だった。一つの集落に30~50人ほどが暮らした。それ以上に増えると、あつれきが生じるため分かれて暮らすようになった。そのころは人口が少なく、地球は広かった。だから距離を保って住んでいた。コロナのように疫病がはやっても、ほかに伝染しないわけです。それが7千年ほど前、チグリス・ユーフラテス付近で都市が生まれた。それから、長い時間をかけてそのような場所が増えていった。そこは財宝やモノ、情報が集まっている。外の者からすれば、まとまって取れるので攻めやすいです。密集すれば病もまん延します。いいことばかりでないのに、都市化がなぜ進んだのか、僕はそれを知りたい。都市化はどんどん拡大し、自然は次々に壊されています。僕も都市に住んでいますが、今回のコロナで都市に住む意味をあらためて考えました。何を求め、僕は都市に住んでいるのだろう。都市以外には何があるのかと考えました」

 「広いアメリカでは病気になって病院に行くのに車を何時間も運転しなければならない場合もありますが、オンライン医療が進めば解決できることも多いでしょう。薬はドローン(小型無人機)で届け、玄関先に落としてくれるでしょう。暮らし方が世界的に変わる可能性があります。都心のオフィスでは、ロックダウンが解除された後も、社員をそのまま在宅勤務にさせる会社も多いでしょう。そうなると不動産価格の大変動が起きるでしょう。逆に都市郊外に生活圏は分散していくでしょう。都市デザインが変わればライフスタイル、仕事、文化、食料供給、医療、セキュリティー、インフラなど、全てが変わります。変えなければ、今回のコロナ禍と同じことが起きるでしょう。オランダやドイツでは、コロナ後の都市のグランドデザインを進めていると聞きます。都市デザインのバージョンアップ、2・0といいましょうか。更新、バージョンアップは進めた方がいいです。都市のデザインを直すことは巨大な公共事業にもなります。経済が落ち込んだ今、無駄な基地を造るより、はるかに大切です。コロナ禍を経験し、行き過ぎたグローバル化は誰もがおかしいと感じました。大量生産や大量消費。食からファッションまで、遠隔地で生産し、二酸化炭素を排出しながら輸送する。世界経済が中国に依存しすぎていたことも、はっきりと分かった今、企業も変化しているでしょう。部品工場を日本に戻すなど、いろいろなことを変える絶好のチャンスです」

歌があれば生き抜ける

<コロナ・ショックで貧富の差の拡大が懸念されている。社会の分断はこのまま進むのだろうか。>

 「コロナ禍以前から分断は大きかった。これ以上の拡大は避けるべきです。国内企業の内部留保は460兆円と言われます。理由として危機対応で使うとされているようですが、今、拠出した企業があるとは聞いていません。10万円給付も焼け石に水です。スペインのように、政府が最低限必要なお金を全国民に配るベーシックインカムの導入を決定した国もあります。それも一つの手でしょう」

<沖縄には、琉球王朝時代から続く古典音楽や琉球舞踊という独自の歌があり、生き抜く力に変えてきた。苦境に立ち向かうとき、文化は力になる。最後に沖縄の人々へのメッセージを聞いた。>

 「30年ぐらい前、沖縄の民謡酒場で聞いた歌が忘れられないです。タイトルは覚えていないですが、歌の内容は『ヤマトの軍隊が守ってくれると思ったが、守ってくれない。次に来たのはアメリカだった』というような。カチャーシーのようなリズムで、グサッと心に刺さる歌詞でした。本当にショックで、すごかった。過酷なことをユーモアに変える力強さを垣間見ました。歌があれば生き抜くことができます。理屈では言えないですが、そういう時こそ歌ってください。みんなが歌える歌があるのは、本当に大切です」
 (聞き手・松元剛編集局長 文・島袋貞治社会部長)

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 さかもと・りゅういち 1952年東京生まれ。78年「千のナイフ」でソロデビュー。同年「Yellow Magic Orchestra(YMO)」に参加。83年に散開。映画の世界では、出演し音楽も手掛けた「戦場のメリークリスマス」で英国アカデミー賞、「ラストエンペラー」の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞などを受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。

 環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」の創設、また近年では「東北ユースオーケストラ」を設立し被災地の子供たちの音楽活動を支援している。2019年には蔡明亮監督作品「YOUR FACE」で第21回台北映画賞音楽賞を受賞。ことし1月、吉永小百合さんとチャリティーコンサートin沖縄「平和のために~海とぅ詩とぅ音楽とぅ」に出演した。