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公設市場の組合長が振り返る「コロナ禍とまちぐゎー再発見」 「観光か地元か」の時代は終わった <まちぐゎーひと巡り 那覇の市場界隈8>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
鮮魚店や青果店、飲食店など多彩な店舗が入居している第一牧志公設市場の仮設市場=那覇市松尾

 1年前の夜を思い出す。2019年6月16日、旧・那覇市第一牧志公設市場が一時閉場を迎えるにあたり、閉場セレモニーが開催された。そこには大勢の人が詰めかけ、エイサーが披露され、カチャーシーで締めくくられた。あれからわずか1年後に、こんなに閑散とした風景が広がっているだなんて、想像していなかった。

 「この1年、あっという間だったなというのが正直な感想ですね」。第一牧志公設市場の組合長・粟國智光さんはそう振り返る。市場が一時閉場したあとは、感傷に浸る暇もなく、翌日から引っ越し作業に追われた。たった2週間の引っ越し期間で作業を終えて、なんとか7月1日に仮設市場の営業までこぎ着けた。「相対売りの空間が踏襲されている」と肯定的な声もあったが、わずか100メートルの移動とはいえ、「場所がわかりづらい」という声も聞こえてきた。事業者の高齢化もあり、仮設に移転したものの、閉店してしまったお店も3軒ほどある。どうにかして市場の灯を守らなければ――そう感じていたところに、新型コロナウイルスの問題が降りかかった。市場には観光客が多く、危機感を抱いていたが、市場関係者から感染者が発生してしまう。

市場機能ストップ

新型コロナウイルスによる影響を乗り越え、どう活況を取り戻すか模索が続く第一牧志公設市場の仮設市場

 「4月3日の段階で、『今、検査をしている』という報告はあったので、4月4日に役員会を開催することは決めてあったんです。検査の結果は陽性だったんですけど、施設管理者である那覇市にも『休業しなさい』と言える権限はないということで、市場を閉めるかどうかは自主的に判断するしかなかったんですね。市場が休業するとなれば、まちぐゎー全体にも影響を与えてしまうから、かなり難しい判断ではあったんですけど休業することに決めたんです」

「専門性のある商店が集積していることがまちぐゎーの魅力につながっていると思う」と語る粟國智光さん

 自主休業を決めたのち、農業水産省が定めるガイドラインに従って対策を施し、4月10日に市場は営業を再開した。しかし、八十数事業者のうち、営業を再開したのは1割程度にとどまったという。ほどなくして沖縄県から休業要請があり、4月23日から5月17日まで再び市場は閉場することになった。

 「こんなに長いあいだ市場が閉まるというのは、これまでありえなかったですね」と粟國さんは語る。「言ってみれば、市場機能がストップしたわけですよね。そこで僕が考えたのは、とにかく事業の継続なんです。コロナの影響で廃業する事業者が出てきてしまうと、新しい建物が完成しても、市場が継続できなくなってしまう。そこで、家賃の減免や事業者の支援策について国や県や市に訴えかける一方で、こうした支援をどうやって事業者に行き渡らせられるかを考えたんです。今はオンライン申請が主流になって、高齢の事業者は混乱するんじゃないかと思ったんですね。だから、とにかく事業継続が優先だと。どうにか高齢の事業者にも支援メニューの情報を周知して、現時点ではコロナの影響で廃業する業者は出ずに済んでいるので、その点はホッとしてますね」

想定外の変化

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、市場内に設置されている消毒液やポスター

 県からの休業要請が取り下げられたことを受け、仮設市場は5月18日に営業を再開した。だが、客足はまだまだ戻ってきていないのが現状だ。県をまたぐ移動の自粛要請が取り下げられたことで、観光客が集まる場所に対する忌避感が強まるおそれもある(玉城デニー県知事が今年の平和宣言で触れていたように、このウイルスは差別や偏見を生み、分断を招く)。

 「高齢のお客様からは、『買い物に行きたいんだけど、家族から止められてる』という声もあるんです。こうした抵抗感を払拭(ふっしょく)するのは難しくて、対策をしっかりしていることを発信していくしかないですね。定期的に換気をするようにはしてますし、これからの季節は暑くなりますから、マスクをしていると熱中症の危険性もあるということで、7月には事業者にフェイスシールドを配る予定です。そうやって昔ながらの相対売りを守りながら、テイクアウトや配達の情報も発信して、少しずつ賑(にぎ)わいを取り戻せたらと思ってますね」

 粟國さんは以前から「市場の建て替えは、まちぐゎーの大きな分岐点になる」と指摘してきた。しかし、「こんなに大きな変化に巻き込まれるとは思わなかった」と苦笑する。

地元・観光の境界線

解体工事を終え、さら地になっている第一牧志公設市場。2022年には新市場がオープンする予定

 市場の建て替えにあたり、しきりに議論されたのは、「地元向けの市場にするのか、観光客向けの市場にするのか」というポイントだ。しかし、コロナの影響が深刻な今、問題は「地元か観光か」という線引きではなくなったと粟國さんは語る。

 「地元のお客様でも、観光のお客様であっても、そこでしか買えないものがあるから足を運んでくださるんだと思うんですね。大事なのは専門性で、専門性のある商店が集積していることがまちぐゎーの魅力に繋(つな)がっていると思うんです。何十年と続いている老舗も大切にしながら、そこに新しい専門性がある店を集積することができれば、必然的に魅力が継続できると思うんです。新しい市場のオープンを予定している2022年は復帰50周年にあたりますけど、今、まちぐゎーの再発見が必要な時期なのかなと思っていますね」

 日曜日の昼下がり、まちぐゎーの土産物店では、地元のこどもたちが試供品に舌鼓を打つ姿を見かけた。これまで「沖縄らしさ」は観光客に消費されてきたけれど、コロナ禍の中で、地元客に「今こそ県産品を」と呼びかける動きや、県民の県内旅行を促す「おきなわ彩(さい)発見キャンペーン」も展開されている。地元と観光の境界線が消えてゆけば、まちぐゎーの魅力も再発見されるはずだ。

(橋本倫史、ライター)

 はしもと・ともふみ 1982年広島県東広島市生まれ。2007年に「en-taxi」(扶桑社)に寄稿し、ライターとして活動を始める。同年にリトルマガジン「HB」を創刊。19年1月に「ドライブイン探訪」(筑摩書房)、同年5月に「市場界隈」(本の雑誌社)を出版した。


 那覇市の旧牧志公設市場界隈は、昔ながらの「まちぐゎー」の面影をとどめながら、市場の建て替えで生まれ変わりつつある。何よりも魅力は店主の人柄。ライターの橋本倫史さんが、沖縄の戦後史と重ねながら、新旧の店を訪ね歩く。

(2020年6月26日琉球新報掲載)