【全文掲載】盗人(ヌスドゥ)とカチャーシー 池宮城けい・作<第31回琉球新報児童文学賞「創作昔ばなし部門」>


この記事を書いた人 Avatar photo 嶋野 雅明

 ずーっと昔の話だけどさぁ。あるところに、若者がひとりで住んでいたって。名はタルーといった。
 タルーは、炭焼きだったお父(とう)のあとをついで、炭を焼いて暮らしをたてていた。
 炭焼きの仕事を終え、山のふもとの家に帰っても、話す相手はいない。お父(とう)もお母(かあ)もとうに亡くなり、その上にきょうだいもいない。幼いころから、お父(とう)と山の炭焼き小屋ですごしていたので、友だちもいなかった。
 タルーは大好きなさんしんを弾いて、ひとりぼっちの寂しさをまぎらわせていた。
 さんしんは、タルーが三つになったころ、お父(とう)が作ってくれたものだった。
 お母(かあ)を亡くして、寂しがって泣いてばかりいたタルーに、おもちゃがわりにと、作ってくれたのだ。
 タルーが、自分の背丈よりも大きいさんしんを指ではじいてみると、
 テン
 と、小さな音が鳴った。なぜだかお母(かあ)の優しい声を思いだした。タルーは喜んでさんしんをはじいて遊んだ。
 それまでお父(とう)にくっついて、泣いてばかりいたタルーが、だんだん泣かなくなったので、お父(とう)もほっとして、炭焼きにせいを出すことができた。
 タルーの背丈が、さんしんより大きくなったころ、さんしんの音色も大きくなり、山のふもとの、村のすみずみまで、ひびくようになった。
「いち日の疲れも取れるようだなぁ」
「うちのクガナー小(グヮー)も、ありあり、すぐに泣きやむさぁー」
 村の人たちは、いち日の仕事を終え、夕ごはんを食べ終えたころに流れてくる、タルーのさんしんの音色を、楽しみに待つようになった。
 タルーの胸にすっぽりと収まるようになったさんしんは、ますます透きとおるような音になって、となりの村までひびいていった。
「いったい誰が弾いているのかねぇー。耳ぐすいだねぇー」
「命(ヌチ)ぐすいだよ」
 となり村の人たちも、耳をすませて聞き入っていた。
 そんなある晩のこと。
―今日は十五夜(ジュウグヤー)かぁ。月もきれいなことだし、ひとつ縁側で弾くことにしよう。
 タルーはさんしんを手に縁側に出て、月明かりの下で腰をおろした。
 そんなタルーのようすを、垣根のかげからじぃーっと見ている者がいた。
(あれがうわさのさんしんか。うーん、なるほどなかなかいい音だ。こりゃー良いさんしんだ。町で売ったら、うんと高く売れるにちがいない)
 盗人(ヌスドゥ)は、タルーが用を足しに立つのを、今か今かと、息を殺して待ち続けた。
「今だ!」
 盗人(ヌスドゥ)は、タルーが用を足しに立つのを見て、大急ぎでさんしんを盗みだした。
 盗人(ヌスドゥ)は、さんしんをかついで走った。
 十五夜の月が、いいぐあいに足元を照らしている。
 畑の中をつっ切り、田んぼのあぜ道をつっ走り、雑木林の中をすっ飛んで、村はずれまでやってきた。
(ここまでくれば、もうだいじょうぶだ)
 盗人(ヌスドゥ)は、ひと休みすることにした。
 売り物の大事なさんしんだ。そーっとひざの上にかかえた。すると、
 テン
 さんしんが鳴った。
「シーッ」
 盗人(ヌスドゥ)はあたりを見回した。
 テン トゥン
 さんしんがまた鳴った。
 盗人(ヌスドゥ)はあわてた。
「シーッ、シーッ」
 テン トゥン テン
 さんしんはまたまた鳴った。
「シーッ、シーッ、シーッ」
 テン トゥン テン トゥン
 盗人(ヌスドゥ)は大あわてで着物をぬいで、さんしんにかぶせた。
 テン トゥン テン トゥン テン
 それでもさんしんは鳴った。音もだんだん大きくなっていく。
 盗人(ヌスドゥ)はもう大あわてで肌着をぬいで、さんしんにかぶせた。
 またまたまた、さんしんは鳴った。
 テン トゥン テン トゥン テン トゥン
「アギジャビヨーヒャー、これでもか!」
 盗人(ヌスドゥ)は、ふんどしをぬいで、さんしんにかぶせた。
 テン トゥン テン トゥン テン トゥン テン トゥン
 さんしんは、暴れるような大きな音で鳴りつづけた。
 村じゅうにひびいた。
 となりの村にもひびいた。
 いつものように、タルーの弾くさんしんを楽しみに待っていた村の人たちは、首をかしげた。
 まるで、怒っているような音だ。
「なんでかねぇー、おかしいねぇー」
「あいえーなー、クガナー小(グヮー)も、だぁ、泣きだしたさぁー」
「何(ヌゥー)が何(ヌゥー)が、ちゃーなとーが」
 村の若者が、音のするほうへ走った。
 びっくりして泣きだした赤ん坊を負ぶって、お母(かあ)が走った。
 おじいやおばあが走った。
 となりの村の若者も走った。
 赤ん坊を負ぶって、となりの村のお母(かあ)も走った。
 おじいやおばあも走った。
 おおぜいの人が、村はずれに集まった。
 見ると、はだかの盗人(ヌスドゥ)が、泣きべそをかきながら、さんしんを抱えて座り込んでいた。
 着物や肌着や、ふんどしをかぶせられたさんしんは、まだ鳴り続けている。

 盗人(ヌスドゥ)も、村の人たちも、どうしていいかわからない。
 そこへタルーがやってきた。
「わかった、わかった。もう鳴かなくていいよ」
 タルーは、さんしんからふんどしを取って、盗人(ヌスドゥ)にわたした。
 テン トゥン テン
 さんしんの音が少し小さくなった。
 タルーは肌着を取って盗人(ヌスドゥ)にわたした。
 テン トゥン
 音はまた小さくなった。
 タルーは着物も取って盗人(ヌスドゥ)にわたした。
 さんしんの音は、ピタリとやんだ。
「タルー、せっかくさんしんがもどったんだ、ひとつ何か弾いてくれ」
「タルーのさんしんを聞かさんと、だぁー、うちのクガナー小(グヮー)も泣きやまんさぁー」
 みんなは、タルーを囲んで輪になって座った。
 タルーは、さんしんを胸に抱えて弾き始めた。さんしんはうれしそうに鳴りひびいた。
「あれ? なんだかワクワクしてきたよ」
 若者が立ちあがって輪の中に入り、両手をあげて踊り出した。
「りっか、りっか、まじゅーん(さあ、さあ、一緒に)踊(ウドゥ)らな」
 声をかけられた若い娘が立ちあがった。
 指笛が鳴った。
 だれかが、さんしんに合わせて歌いだした。
  若者(ワカムン) 美童(ミヤラビ) まじゅーん(一緒に)カチャーシ
 赤ん坊を背負ったお母(かあ)が、歌いながら輪の中に入って踊りだした。
 手拍子が鳴った。
  お母(かあ)ん 童(ワラビ)ん まじゅーん(一緒に) カチャーシ
 おじいとおばあが、歌いながら輪の中に入って踊り出した。
  明日(アチャ)ぬ世果報(ユガフウ) まじゅーん(一緒に) カチャーシ
「あんたもまじゅーん(一緒に)さあさあ、踊(ウドゥ)らな」
 だれかが盗人(ヌスドゥ)の手を引っ張って、輪の中に入れた。
  盗人(ヌスドゥ) お月(ウチチ)様ん まじゅーん(一緒に) カチャーシ
 十五夜の月明かりの下で、みんな楽しく踊り続けた。
 タルーのさんしんは、まるでお月様まで届くようにひびいた。
 それからというもの、タルーは村の人たちから、「赤ん坊が生まれたお祝いだ」といって呼ばれ、「結婚のお祝いだから」といっては呼ばれ、またまた、「長生きのめでたいお祝いだから」といっては呼ばれて、さんしんを弾くようになった。
 タルーは、めでたいことばをのせて、歌いながら弾いた。
 みんなも、タルーの楽しいさんしんに合わせて、思い思いにことばをのせて、踊るようになった。
 あの月夜の晩のように。
 そうして、いつの頃からか、めでたい時に、みんなでまじゅーん(一緒に)踊るその踊りを「カチャーシー」というようになったって。
 ほんとうかどうかは、わからないけどさぁー。
 でもさぁ、なぜかあの盗人(ヌスドゥ)が、いつもタルーのそばで、うれしそうに手拍子をたたいていたってよー。
 とーとーうっさ。