海洋博コインなどデザイン、安次富長昭さん死去 90歳 戦後沖縄美術界をけん引


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安次富長昭氏

 戦後沖縄美術界をけん引した美術家で琉球大学名誉教授の安次富長昭(あしとみ・ちょうしょう)さんが10日午前10時56分、那覇市内の病院で死去した。病気療養中だった。90歳。那覇市泊出身。自宅は那覇市首里石嶺町3の117の10。告別式は12日午後2時~2時30分、那覇市松島1の4の12、富士会館古島ホールで。喪主は妻の悦子(えつこ)さん。

 安次富さんは画家の故安谷屋正義さんに師事。絵画にとどまらず琉球切手や海洋博記念コイン、沖縄コンベンションホールの緞帳(どんちょう)などデザイナーとしても貢献した。

 国や県の伝統芸能振興審議委員を務め、沖縄の伝統工芸をいかに現代に活用できるかに尽力した。戦時中、対馬丸で多くの知人を亡くしたことから、対馬丸記念館の理事を務め、2006年、同館の戦後復興展の総合プロデューサーを務めた。

 1972年に琉大教授、国画会会員になった。沖展や国展の審査員も歴任した。06年には第42回琉球新報賞(文化・芸術功労)を受賞した。

 83年度沖縄タイムス芸術選賞大賞。10年瑞宝中綬章。16年度県功労者、那覇市政功労者。県工芸産業振興審議会会長、県文化財保護審議会委員などを歴任した。