生まれ育った浦添にこだわり小説を書き続けている。芥川賞作家・又吉栄喜さん(73)。半径2キロ以内の原風景が「創作意欲の元」と語る。小説は琉球・沖縄の歴史や文化を背景に、人生の不条理、人間の愚かさ、いとおしさをあぶり出す。近年、「豚の報い」をはじめ代表作の翻訳本の出版が相次ぐなど海を越えて注目を集めている。浦添市立図書館では「又吉栄喜文庫」開設3年にちなんだ展示会「世界に羽ばたく又吉栄喜の文学」が開かれている。又吉さんに情熱の根っこや、小説家を志す人たちへのメッセージを聴いた。 (高江洲洋子)
―戦後間もない1947年生まれ。又吉さんの「原風景」とは? どのような少年時代を過ごしましたか。
「米軍が浦添村(当時)仲間の高台に設営したテント幕舎で生まれた。キャンプ・キンザー、屋富祖大通り、浦添城跡(よーどれ)、シリンカー(密林の川)、港川の海岸のカーミージー(亀岩)などが遊び場だった。風景や出来事、出会った人々を強烈に記憶している。戦争の生々しい痕跡があり、米軍による事件・事故が頻発し、『人間悪』の凝縮しているような場所が原風景だ。人間の本質があらわに見える環境だったから、平穏な日常では出合えないものが見えた」
―初期の小説「ジョージが射殺した猪」は、ベトナム戦争の頃、帰還兵であふれたAサインバーが舞台。気弱な米兵のジョージが狂気に襲われ人間性を失い、殺人を犯します。英語や韓国語の翻訳本が出版されています。
「子どもの頃、自宅近くで(酒に酔い)電柱にしがみついている米兵を見掛けた。ベトナムに派兵されるかもしれない、という恐怖心を抱いていると想像を膨らませて『ジョージ―』を書いた。あの頃、酒を飲むと瓶を割ったり、猫を蹴ったりする米兵を見掛けた。戦場で苦しむ兵士もいるが、ジョージの場合は戦場へ行ったことはなくても明日行くかもしれないという恐怖に陥っている。それが一番怖い。ジョージのような善良な人を狂わせる国家や軍隊組織を糾弾している小説なんですね」
―「カーニバル闘牛大会」は闘牛場の待機場所で、牛に自分の外車を傷付けられた南米系の男が、牛飼いの沖縄人を激しくののしる。ほかの沖縄の人々が傍観者にとどまっている様子が印象的です。韓国語の翻訳本が出版されました。
「(いさかいは)米軍の中で支配層にいる白人が仲立ちして解決する。沖縄人を差別する南米系の男、さらに上に白人の男がいる。(作品から)差別の重層的な構造が見えてくる。その場にいた沖縄の少年は、抑圧されても何もできない沖縄人の大人たちにいらだつ。闘牛に沖縄の理想を見る少年の純粋さを描いている」
―原風景にこだわるのはなぜですか? どのような手順で小説を書き進めているのですか。
「原風景を思い巡らせていると心の底から書きたいと思うことがわいてくる。突き動かされるように書いている。原風景の場所に(原風景に実在した)登場人物を立たせて動かしてみると物語が生まれてくる。私にとって時と場所と主人公は分かちがたい。少年時代のひとつの出来事を『ニンジン』に例えると、人参しりしりにしたり、人参煮染めにしたりと調理法を変えて創るイメージです。自分の足元を深く見つめ掘り下げると切実な問題が見えてくる。この問題は現代にもつながるような普遍性を帯びていると考えるようになり小説を書き始めた」
―小説家を志す若い人たちへアドバイスしたいことは。
「小説は作者の考え方をあからさまに打ち出すよりも、主題をオブラートに包み主人公の生きざまを通したら読者に伝わりやすい。題材は沖縄の歴史や風土の中に詰まっている。若い人には知識だけで書くのではなく身近なところから自分にもっとも切実な問題を掘り下げてほしい。できれば琉球王国時代にまでさかのぼり(琉球・沖縄の)人々の精神を想像して追体験してほしい」
―まずは足元を堀り起こすところからですね。
「誰にでもある原風景を徹底的に凝視するところから始めると、必ず心が動き出す。外部の評価ではなく内部の必然性を書くということ。創作法は一つあればいい。百足(むかで)のように百の創作法を収得すると、どの足から踏み出せばいいのか分からなくなる。状況をわしづかみにして振り回す巨人を創造してほしいですね」
<略歴>
またよし・えいき 1947年浦添市生まれ。琉球大学史学科卒。「ギンネム屋敷」(第4回すばる文学賞)「豚の報い」(第114回芥川賞)。「波の上のマリア」などが映画化。「人骨展示館」「果報は海から」「豚の報い」「ギンネム屋敷」などがフランス、イタリア、中国、韓国、米国などで翻訳出版された。南日本文学賞、琉球新報短編小説賞などの選考委員。
翻訳版など展示/28日まで企画展
浦添市出身の又吉栄喜さんの小説やゆかりの品々、作品の舞台になった浦添の風景写真を展示する「又吉栄喜文庫」が2017年9月、浦添市立図書館2階に開設された。開設3周年にちなんだ企画展「世界に羽ばたく又吉栄喜の文学」が開催されている。10月28日まで。
2006年から昨年にかけて又吉さんの小説の外国語版の出版が相次いだ。
展示会では「人骨展示館」(仏語版」、「豚の報い」(イタリア語版)のほか、「ギンネム屋敷」「カーニバル闘牛大会」(いずれも韓国語版)、「ジョージが射殺した猪」の英語版と韓国語版などを展示しており、又吉文学の海外への広がりがうかがえる。
会場の一角には1984年から85年まで琉球新報に掲載された新聞小説「日も暮れよ鐘も鳴れ」の挿絵を展示。「日も暮れよ―」はパリを舞台にした家族小説だ。挿絵を手掛けたのは屋富祖盛美さんで、作品世界を鮮やかに描き出している。
図書館は月・祝日が休館。新型コロナウイルス対策のため当面、来訪者の滞在は30分以内で協力を呼び掛けている。