<乗松聡子の眼>NHK広島のヘイト問題 植民地主義の存在を痛感


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乗松 聡子

 夏の終わりから、広島発のヘイトと闘っている。

 NHK広島放送局の戦後75年企画「1945ひろしまタイムライン」は、「1945年にSNSがあったらどんなことをつぶやいていたのだろう」という発想で、当時広島にいた実在する3人の市民の日記を「手がかりに」、「日々のあれこれを」ツイッターで発信するという試みだ。3月以来続いている。

 それが物議を醸したのが、当時13歳の少年を想定した「シュン」の8月20日のツイートだ。「朝鮮人」が「圧倒的な威力と迫力」で、満員列車の窓を叩き割り、「座っていた先客を放り出」すような乱暴な存在として表現された。遡(さかのぼ)って6月16日にも、朝鮮人を蔑視するようなツイートがあり、これらについてネットで議論が起こる。主流メディアも「差別扇動と批判」などと取り上げた。

 実際には、「シュン」のモデルである被爆者の当時の日記にそのような記述はなかった。その人が21世紀になってから著した手記に、一連のツイートに似た内容が出現する。そこには朝鮮人に対する差別用語も使われていた。

 NHKは、この内容を検証することもなく、ましてや背景にある植民地支配や朝鮮人差別の歴史を説明もせず、朝鮮人が怖い存在という印象だけを残すようなツイートを発信させたのである。NHKは6月にも米国における黒人差別を解説する番組で、ブラックの人を怒りに燃える怖い存在と際立たせた描写で批判が殺到、謝罪と撤回をしている。

 ところが今回は、NHKは批判を受けても削除するどころか、10月2日にはツイッターからHPにわざわざ「移設」した。当事者の団体である在日本大韓民国民団(民団)と在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)広島県本部はそれぞれ、人権救済申し立てを行っているにもかかわらず、NHKは居直りの姿勢を見せている。

 私はこの問題が明るみに出てすぐ、NHKに差別ツイートの削除を求める抗議文を発表し、被爆者、元広島市長、識者などの300人余の市民の連名を得た。10月4日には現地で地元の有志と共にシンポジウム「NHKひろしまタイムラインと広島の民族差別の現在」を開催、翌日はNHK広島局に直接抗議文と賛同者名簿を届けた。

 日本では侵略戦争の歴史を否定する傾向にある政権の下、高校無償化制度から朝鮮学校のみを差別的に排除し、路上やネット上ではヘイトスピーチが蔓延(まんえん)、書籍や雑誌にも「嫌韓」が溢(あふ)れている。そのような風潮の中、よりによって公共放送が差別を発信する影響は測りしれない。

 先述のシンポでオンライン登壇した法学者の前田朗氏は、人種差別撤廃条約の4条C「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」と、同7条が「情報の分野」の責任を強調していることに触れ、「影響力の強い政治家やメディアによるヘイトスピーチはとりわけ悪質であるので、NHKの責任は重大である」と述べている。

 放送局が行ったヘイトといえば、17年に東京MXテレビで放映されたDHCシアターによる「ニュース女子」が、沖縄の基地建設反対運動についてヘイトに満ちたデマを流した事件が記憶に新しい。この国ではなぜ公共媒体にヘイトが流されてしまうのか。そしてなぜ、そのヘイトを許さないという世論が育ちにくいのか。「戦後」75年、植民地主義を克服できていない日本社会を痛感する。
 (「アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス」エディター)