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顔や指紋、虹彩…進む国家管理 菅内閣のデジタル推進、負の側面も検証必要<メディア時評>


この記事を書いた人 アバター画像 琉球新報社

 菅義偉新内閣の目玉の一つが、省庁間横串のデジタル推進と行政改革、そのための大臣配置になろう。

省庁横ぐし改革

 その二つを担うのが、平井卓也「デジタル改革担当・情報通信技術(IT)制作担当、内閣府特命担当」と、河野太郎「行政改革担当、国家公務員制度担当、内閣府特命担当(沖縄及び北方対策、規制改革)」だ。政権発足後間もなくの9月23日に開催した「デジタル改革関係閣僚会議」初会合で首相は、省庁間の縦割りを排除した協力体制を構築し「スガノミクス」を本格的に始動させることにしたと報じられている。本紙も含め、軽々に聞こえがいいキャッチフレーズを紙面で使用すること自体、いかがなものかと思うが、そのことはさておき、今後、IT基本法の抜本改正、デジタル庁の創設と、急ピッチで作業が進むことは間違いない。

 実際、無駄を省くという名目で、地方自治体の個人情報保護体制を骨抜きにする制度改正は前政権時代からの継続案件だ。内閣官房の下での「個人情報保護制度の見直しに関するタスクフォース」とその下での検討会は、すでに2020年8月に中間整理を行い、この10月には制度改定を提案している。そこでは例えば、自治体が有する住民の個人情報をオンライン結合する際に、国の要件以上の条件を定めることや審議会等の事前承認を得ることを事実上禁止し、より自由にデータ利活用ができることが予定されている。

 そしてこうしたデータ活用・行政デジタル化の推進力として利用されることになりそうなのが、「マイナンバーカード」である。わざわざワーキンググループ会合に出席した首相は、「自治体の業務システムの統一・標準化については年限を区切って5年まで」とし、「デジタル社会に不可欠なマイナンバーカードについては、2年半後には全国民に行き渡ることを目指す」と改めてハッパをかけた。

究極の個人情報収集

 QRコード付きの申請書を未取得者に送る作業が始まるし、マイナポイントについても切れ目なくテレビCMが流れている。普及の切り札として、すでに準備が進む健康保険証のほか、自動車免許証としての活用や、新たにカード機能のスマホへの搭載までも、早々に年度を区切って実現する構えだ。銀行口座とのひもづけも含め、便利を旗印にすべての個人情報を「これ1枚」に集約する勢いだ。

 その際、セキュリティーを向上させるためとして、本人確認のための「多要素認証」を導入する方針も、すんなりと既成事実化している。これは、スマホという「所有」、本人のみが知りうる暗証番号といった「知識」、指紋などの「生体」の、三つの異なる要素を組み合わせて本人確認を行う方法をさす。巷間(こうかん)よく使われている2段階認証よりも厳格な手法である。しかしそれは、政府が全国民の指紋・顔・虹彩などの生体データを収集・保有するということだ。しかも、後述する通り、健康保険証でも顔認証を本人確認に使用することがすでに決まっているように、究極の個人情報の国家管理が際限なく進むことになる。

 そもそも、健康保険証との共用については、要配慮で機微情報である医療・健康情報を、政府が集中管理することでよいのかといった基本的な疑問が残ったままだ。背景には、医療ビッグデータによるAI医療を期待する産業界や医療界の意向が色濃く反映しているとされる。さらには、病院窓口におかれる顔認証付きカードリーダー設置にも不安の声が絶えない状況だ。まさに、利便性の陰で、最低限の個人情報の保護がないがしろになる事態が進んでいると言えるだろう。

 不信の払拭が先決

 だからこそ重要なのは、透明性の確保と権利の拡充だ。給付金支給の原因はデジタル化の遅れと一般に言われているが、その検証はされないままのイメージ論が先行している。むしろ、マイナンバー制度は現場の自治体へのしわ寄せが強まるばかりだ。情報漏洩(ろうえい)の危険性も国の事務作業が5次下請けにまでになっている状況で、昨今の電子決済問題以上の事故がいつ起こっても不思議ではないとされる。

 一方で、適切で具体的な説明で透明性を確保して信頼を得ること、利活用の際には自己情報コントロール権をきちんと担保すること、こうした諸外国で当たり前のことが何も実現していない。こんな状況の国で、利便性ばかりを高めても、それは情報を収集・利用する側の企業と、政府・政治家の一部が利するだけで、国民のプラスにならない。それどころが、大きなマイナスをもたらすことになるだろう。

 さらには、マイナポータルによって自己情報の見える化が実現するという話も、いまや絵空事だ。自分の情報がどのように使われているかは、匿名情報に加工された段階で説明義務がないことにされてしまったからだ。ただでさえ前のめりのマイナンバー利用が、情報主体であるはずの私たちの意思とは無関係に、利活用される対象が無限定に拡大して行くことは、あまりに危険だ。

 そうしなたなかでせめてものできることの一つは、きちんとしたチェック体制を国の組織体制の中で構築することだ。コロナ関連政策決定でも、経済面でのアクセル役の経産省が、感染防止対応としてのブレーキ役を兼ねるはずだった厚労省までを包括する形で、取りまとめ役になったことで、政策の矛盾を生んできたのではないか。さらに遡(さかのぼ)れば、原子力行政でも監視組織であるべき原子力安全・保安院が、推進役の経産省の下部組織であることによって、その機能が果たされなかった。にもかかわらず現実に進んでいるのは逆のことだ。福島県双葉町に開館した県立の東日本大震災・原子力災害伝承館で、語り部に国や東京電力を含む「特定の団体」の批判はしないよう求めていることも明らかになっている。

 今回、推進役のデジタル庁は、横串・一本化によって政策実行スピードは上がることは間違いない。しかし、抑制・監視のブレーキ役をも兼ねることは必ず大きなしっぺ返しを食うことになるだろう。消費者庁等がそうした役割を本来であれば担うべきなのであろうが、そういう姿は想像しがたい。報道機関も、日本はデジタル化後進国だという政府説明をうのみにするのではなく、負の側面をきちんと検証していく必要がある。

 値下げとか利便性という見た目だけで、国に全ての個人情報を委ねることには最大限の注意が必要だ。

(山田健太、専修大学教授・言論法)