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神社でもクリスマスに讃美歌…沖宮が見つめる「風景の再生」<まちぐゎーひと巡り 那覇の市場界隈14>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
新たな牧志公設市場の建設工事に向けて安全祈願祭をする沖宮の神職・上地健太郎さん=那覇市の第一牧志公設市場跡地

 10月15日。さら地となった第一牧志公設市場の跡地に、祭壇が祀(まつ)られていた。いよいよ始まる建設工事を前に、安全祈願祭が執り行われることになったのだ。直前に通り雨に見舞われたものの、開始時刻の午後3時には晴れ間ものぞいていた。厳かな空気の中、沖宮の神職・上地健太郎さんが祝詞を上げる。

 公設市場の安全祈願祭を沖宮が請け負うと決まったときから、健太郎さんは「自分が担当したい」と思っていた。

 「僕は小禄出身なんですけど、中学生ぐらいになると行動範囲が広がって、公設市場のあたりにはよく行ってました。学校帰りや映画を見た後に、安いお菓子を買って、路地裏で友達と遊んでたんです。特に好きなのは、コーヒースタンド小嶺の冷やしレモン。あそこの椅子に座って冷やしレモンを飲むのが好きで、県外から知り合いがやってくると必ず連れて行く場所だったんです。自分が安全祈願祭でご奉仕できると決まったときは、うれしいと同時に重圧も感じました」

生まれ変わる現場

上地健太郎さんも利用する呉屋てんぷら屋
素朴で甘酸っぱい定番商品の「冷やしレモン」を薦めるコーヒースタンド小嶺の小嶺勇さん=12月23日、那覇市の仮設市場

 沖宮には沖縄本島だけでなく、離島からも地鎮祭の依頼が舞い込む。地鎮祭を執り行うということは、風景が生まれ変わる現場に立ち会い続けるということでもある。昔ながらの町並みが消えていく中で「寂しさを感じることもある」と健太郎さんは語る。

 神職になる以前は観光関係の仕事に就いていた健太郎さんは、沖縄らしさを感じられる場所として、お客さんを公設市場に案内してきた。神職となってからも、まちぐゎーに足を運ぶ機会は多かったという。

 「たとえば沖宮の行事で使う天ぷらは、公設市場の近くにある呉屋天ぷら屋のものを使っています。僕は中学生のころから呉屋さんに通ってますけど、下ごしらえも丁寧で、すごくおいしいですよね。今はもう、お供え物にするお餅やお菓子はどこでも売ってますけど、ちゃんとした思いを持った人たちが作るものを、皆が求めに行くのが、僕個人としては理想だと思います」

 安全祈願祭を終えた後、健太郎さんはすぐに「呉屋天ぷら屋」に足を運び、天ぷらを買った。普段はおつかいで訪れているせいか、「僕が安全祈願祭をやったんですよと言っても、お店の方たちは信じてくれなかった」と健太郎さんは笑う。

 健太郎さんが神職となったのは3年前のこと。散歩がてら奥武山公園を訪れるうちに、沖宮に参拝するようになり、神職となったのだという。

戦災経て復興

新たな牧志公設市場の建設工事へ向け、安全祈願祭が行われた第一牧志公設市場の跡地=10月

 沖宮の創建は15世紀にまでさかのぼる。当初は那覇港に鎮座する航海安全の神として信仰されていたが、1908年(明治41年)に那覇港築港工事が始まると、安里八幡宮の境内隣地に移転。本殿は国宝にも指定されていたが、戦災によって焼失してしまう。終戦後、「沖宮を復興せよ」とご神託を受けた先代宮司・比嘉真忠氏により、奥武山公園内にある天燈山御嶽の麓に沖宮は再興された。

 「沖縄には古来よりアニミズム的な土着信仰があるので、神社やお寺というのは新しい文化なんです」。そう教えてくれたのは、沖宮の宮司・上地一郎さんだ。「神社というのは本土の神様みたいな感覚で、それよりも自分たちの地域に受け継がれる、拝所を中心に執り行われる行事(祀り)を大切にしてきました」

 沖宮は琉球古神道の流れを色濃く残した神社だ。ただし、「あらゆる宗教から学ぶことがある」との考えから、毎年12月にはクリスマス会を開催してきた。今年はコロナの影響で中止となったが、神父を招き、神社で讃美歌を捧(ささ)げるのだ。

 「昔は生活のあらゆる場面において祈りがあり、そこには人間が失ってはならない教えがありました。神社も教会も神に祈りを捧げる場所であり、それを中心にコミュニティーが形成されてきました。時代が移り変わり、環境が大きく変容し人々から信仰心が失われているのが現状です。宗教の枠を超えて信仰心を持つ、すなわち祈りの大切さをいま一度気づいてもらうため、いろいろなきっかけを作っていくことも我々の大切な使命だと思うんです」

人々が集う場

沖宮で毎年開いてきたクリスマス会の日の飾り付け。今年は新型コロナウイルスの影響で中止した=那覇市奥武山町

 市場というのもまた、神社や教会と同じように人々が集い、コミュニティーが形成されてきた場所だ。だが、近年の市民意識調査では、市民のまちぐゎー離れが指摘されてもいる。

 「若い世代の方たちは、まちぐゎーの魅力を知らないだけだと思うんです」。上地健太郎さんはそう語る。「安全祈願祭の祝詞でも奏上したんですけど、公設市場は沖縄の島々のもの、人々が作り出すものが集まってくる場所だと思うんですね。これまで沖縄で継承されてきたものを、若い世代が受け継いでいけばいいなという思いがあったので、安全祈願祭でご奉仕を終えたあとは、すごくほっとした気持ちになりました」

 安全祈願祭が終わり、第一牧志公設市場の跡地では建設工事が始まっている。新しい市場のオープンは、現在のところ2022年の4月を予定している。

(ライター・橋本倫史)

 はしもと・ともふみ 1982年広島県東広島市生まれ。2007年に「en-taxi」(扶桑社)に寄稿し、ライターとして活動を始める。同年にリトルマガジン「HB」を創刊。19年1月に「ドライブイン探訪」(筑摩書房)、同年5月に「市場界隈」(本の雑誌社)を出版した。


 那覇市の旧牧志公設市場界隈は、昔ながらの「まちぐゎー」の面影をとどめながら、市場の建て替えで生まれ変わりつつある。何よりも魅力は店主の人柄。ライターの橋本倫史さんが、沖縄の戦後史と重ねながら、新旧の店を訪ね歩く。

(2020年12月25日琉球新報掲載)