昨年12月のレスリング全日本選手権は1年ぶりの公式戦だったものの、盤石の強さで5度目の優勝を達成したグレコローマンスタイル77キロ級の屋比久翔平(26)=(浦添工高―日体大―日体大大学院出、ALSOK)。コロナ禍で約4カ月にわたりマットから遠ざかったことを感じさせず、今年3月の東京五輪アジア予選に向け調子を上げる。昨年は結婚、長男の誕生という人生の節目の年でもあった。決意を新たに、夢の舞台へと突き進む。
新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた昨春、緊急事態宣言下で練習拠点の日体大が入構禁止になった。仲間と近所の神社で階段を上ったり、公園で軽く組み合ったり。自転車で自身が住む神奈川県江ノ島付近の海岸まで往復したりもした。工夫しながら体力維持に腐心した。
しかしマット練習は再開されない。1カ月、2カ月…。練習がマンネリ化していく。「体力がなくなっていないか。技術を忘れていないか」。時間の経過とともに、焦りも募っていった。
一度マット練習が再開されたが、8月に日体大レスリング部でクラスター(感染者集団)が確認され、再び停止に。本格的な練習再開は9月に入ってのことだった。「ばてるのが早く、だいぶ体力が落ちてる実感があった」という。息が上がるのを我慢して、とにかく前に出続ける。「自分がやってきたことを再確認していった」
再スタートから最初の大会となった全日本選手権は圧倒的な強さで勝ち進む。迎えた決勝。第1ピリオドで相手にパッシブが宣告され、得意の投げ技に入る。しかし持ち上げきれない。それでも第2ピリオドのグラウンドの守りで「点を取られる感じはなかった」と得点を許さず、勝ちきった。
アジア予選が予定されていた昨年3月時点に比べると「(完成度は)7割くらい」と言うが、調整が難しい中で「いい感じに仕上がってきている」と感覚を取り戻してきた実感はある。「技術とタイミングがもう一つ、二つかみ合ってくればいい。グラウンドから引き上げる力も付けたい」と課題も明確だ。
昨年4月には1つ下の加菜子さんと結婚し、8月には長男の紫琉君が生まれた。コロナ禍で1人暮らしが続いていたが、年末年始に帰省してやっとわが子と対面。「妻と子と会い、結婚してる実感が少しずつ湧いてきた」。抱きかかえ顔を見詰めた。「かわいかった。まだ人見知りしてないので、泣かれなかったのですごいうれしかった」と頬を緩める。
父となり、人生の新たなステップを踏んだ屋比久。「どんな形でもいい。なんとしてでも勝って、絶対に枠を取りたい」とアジア予選を見据える。競技者としても、新たな境地を切り開く。 (長嶺真輝)
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東京五輪・パラリンピックイヤーが2年目に入った。コロナ禍で練習施設の閉鎖や大会の中止が相次いだが、アスリートたちは立ち止まってはいない。代表の選考レースが熱を帯びる中、現役選手にとって一生に一度と言える母国開催の出場チャンスをつかもうと情熱をたぎらせる。挑戦、雪辱、恩返し―。それぞれの決意を胸に「憧憬(しょうけい)の舞台」を目指す県勢の今を紹介する。