社会
刻む10年 沖縄から、被災地から

「復興に魂を」沖縄出身の男性、福島の海辺にシーサー 自宅前に展望台建設

展望台に設置するシーサーと名嘉幸照さん=1月、福島県(名嘉陽一郎さん提供)

 東日本大震災から来月11日で10年。原発のメンテナンスを担う「東北エンタープライズ」会長の名嘉幸照さん(79)=伊是名村出身=は、福島県富岡町の自宅前に海が見渡せる展望台の建設を進めている。震災の記憶を刻み、二度と災害が起きないことを願い、展望台には壺屋焼のシーサーを設置する。「私は原発をやっていたので、加害者で被害者。地元のために何かできないか考えた」。複雑な感情を抱きながら、今も生きる土地に思いをはせる。

 展望台は木造2階建て、太平洋を見渡す高台に建てられる。厄よけのシーサーは現代の名工の故・高江洲育男さんが40年ほど前に手掛けたもの。「魂のこもったシーサーで復興を」と語る伊是名出身者や沖縄の友人らのつながりで、安価で譲ってもらった。火災に遭った首里城の破損瓦を県に提供してもらうことも決まり、土間などに敷く計画だ。


 名嘉さんは2011年3月11日、富岡町の自社事務所で被災した。東京電力福島第1原発の事故で、原発の周囲半径20キロ圏内は警戒区域となった。名嘉さんや同社の従業員らは街の風景を撮影、被災者の証言を集めた記録誌「3・11 私たちは忘れない 震災のかたりべ」を発刊した。

 あれから10年。人々の生活は激変し、街の風景も様変わりした。富岡町の居住制限は17年4月に解かれたが、1月末現在の同町の人口は1万2319人、実際に暮らすのは1576人で、震災前の人口の約10分の1にとどまる。

 「帰って来られない人も多いが、展望台の場所は復興住宅から海を臨む散歩コースになっている」と語る名嘉さん。沖縄から届いた守り神が、海を見つめる姿を待ち望む。
 (仲村良太)

 

「シーサーに込めた「忘れない」伊是名島から壺屋、そして福島へ 故郷の模合が縁結ぶ」に続く



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