日本の株価が30年半ぶりに3万円台に乗った。世界に目を転じれば、国際商品市場が沸いている。金が高値をつけている。暗号資産のビットコインも久々に急騰している。
この状況だけをみれば、バブル経済の再来かという思いに駆られる。1980年代後半、日本のバブル経済下では、「財テク」などという言葉が流行(はや)った。いまや、初耳だという方もおいでになるかと思う。高度な金融テクニックを駆使した財産運用の意だ。「ハイテク」に引っ掛けている。日本の誰もが「財テク」に打ち興じるのが当たり前だと考えられていた。
あの時と今はどう違うのか。実に大きな違いがある。あの時は、誰もが「財テク」の世界にどっぷり漬かり込んでいた。だが、今は「財テク」の世界とその外にある現実との間に大いなる壁がそびえ立っている。この壁は分断の壁だ。格差の壁だ。21世紀版の「財テク」に手を染められる人々と、そのような状況からは遥(はる)かに遠くかけ離れた場所にいる人々。この両者の間を「財テク」世界を囲い込む壁が遮断している。
この壁の外は荒れ野だ。この荒れ野には、パンデミックに痛めつけられる弱者たちの嘆きと呻(うめ)きが満ちている。この荒れ野は荒れ野で叫ぶ声を必要としている。荒れ野で叫ぶ声は聖書の中に登場する。その声は預言者の声だ。壁の内側の人々に対して警告を発する声である。目覚めよ。舞い上がってばかりいると大変なことになる。天罰が下る前に、壁の外の荒れ野に目を向けよ。そう叫ぶ声だ。この声を、今、エコノミストたちが上げなければいけない。
エコノミストとして、もう一つ、上げるべき声があると思う。それは、何かの間違いで壁の外からその内側に迷い込んでしまった人々に向けての声だ。厳しい状況の中で、ふと一獲千金の夢に惑わされて「財テク」ワールドに踏み込んでしまった人々がいるかもしれない。そういう皆さんは、一刻も早く、壁の外に出なければならない。荒れ野の現実は厳しい。だが、壁の内側でバブル崩壊の餌食となるのは、あまりにも悲惨だ。絶望が人々を「財テク」に追いやらないことをひたすら祈る。
(浜矩子、同志社大・大学院教授)