沖縄戦時の生活道具や軍装備、今も手付かずか 1993年度調査で多数発見 32軍司令部壕


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第5坑道の坑口から82.8メートル付近で見つかった小銃7丁と軍靴、刀など(県・那覇市旧第32軍司令部壕試掘調査業務報告書より)

 1993~94年度に実施された首里城地下の日本軍第32軍司令部壕における県試掘調査では、那覇市首里金城町側の第5坑道において当時の生活道具や軍装備なども数多く発見された。報告書によると、坑道入り口近くよりも奥からの出土品が多く、入り口側では生活物資が多いのに対し、奥側では軍装備が多かったという。

 93年度の試掘調査報告書によると、第5坑口から41メートル付近で手りゅう弾を発見したのを皮切りに、61メートル付近で最初の小銃を発見、弁当箱、機器部品、銃弾、軍靴、茶器なども見つかった。坑口から72メートルでケーブルが、83メートル付近で当時の壕を支える丸太やレール、小銃7丁がまとまって床面から出土した。84メートルで右側の側面から、当時の矢板と小銃が立て掛けられた状態で出土した。

 沖縄戦当時、「銃を立て掛けたまま壕を出た」との証言があることから、戦後まもなく付近が崩落し、手付かずで残されていたとみられるという。この付近では、計量はかり、電気スタンド、水筒、ヘルメット、飯ごう、通信機の一部、空き瓶などがあった。全体的に入り口側で生活物資が多かった。

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