「何言ってるのか分からなくて…」 聴覚障がい者にとってのコロナ禍


この記事を書いた人 Avatar photo 玉城江梨子

 新型コロナウイルスの感染が確認されて以降、「景色」が変わった。人々は「3密」を避け、口元はマスクで覆われるようになった。いずれも感染防止のためである。でも待てよ。口の動きから言葉を読み取る聴覚障がい者は、マスク生活で一段と不便を強いられているのではないか。取材をお願いしたのは、生まれつき耳が聞こえない比嘉みゆきさん(55)。彼女が経験した、コロナ禍の1年とは―――。(真崎裕史)

相手が話しているかさえ分からない

サービス管理責任者として、利用者の支援計画を作成する比嘉みゆきさん=2月、那覇市若狭

 「相手がマスクをしていると、話しているかどうかも分からないんです」

 手話通訳者から伝えられた比嘉さんの言葉に、記者は「えっ」と声を上げてしまった。話の内容はおろか、相手が話しているかどうかさえ分からないとは-。比嘉さんが手話を続ける。

 「声が聞こえないので、マスクの中で口が動いているかどうか、声が発せられているかどうかも分かりません。分からないうちに話が終わっていた、ということもあります」

 「エレベーターの中で話し掛けられても分かりません。例えば『8階を押してください』と言われても、分からないので押せない。無視された、と思わせているかもしれません。降りる時にぶつかってしまうこともあります」

 1965年生まれの比嘉さんは、いわゆる「風疹児」だった。当時、沖縄全域で風疹が大流行し、多くの妊婦が感染。400人を超える先天性風疹症候群の子ども(風疹児)が生まれ、多くに聴覚障がいがあった。比嘉さんもその一人で、重度難聴。補聴器を着けて、やっと物音が分かるレベルという。 

 同い年の夫も風疹児で、耳が聞こえない。2人で支え合いながら、子ども4人を育て上げた。学校の三者面談や病院に行くときは、手話通訳のサービスを利用。買い物など日常生活では、相手の口の動きを見て判断してきた。そこへコロナ禍が襲ってきた。

 「一番困ったのは、やっぱりマスクです。情報が入ってきません。インフルエンザがはやったときもマスク姿が多かったのですが、一時的で特にストレスはありませんでした。感染防止のために、マスクを着けるのは仕方ないのですが…」

知事会見に変化

 昨年2月14日、新型コロナの感染者が県内で初めて確認された。それ以降、比嘉さんら聴覚障がい者は不安な日々を過ごした。コロナの情報が欲しい。でもなかなか入らない。玉城デニー知事の記者会見を見ても、内容が全く分からない。口元はマスクで覆われ、手話通訳もなかったからだ。

 4月7日、政府は東京など7都府県に緊急事態宣言を出した。その4日後の4月11日、比嘉さんらの願いが届いた。記者会見に臨む玉城知事の隣に、スーツ姿の男性が立っている。沖縄聴覚障害者情報センターから派遣された手話通訳者だった。比嘉さんは「画期的だ」と喜んだ。

手話通訳付きで行われた新型コロナウイルス感染症の対策本部会議。左は玉城デニー沖縄県知事=2020年4月11日午後、沖縄県庁(代表撮影)

 「それまでは、翌朝の新聞を見て内容を知る、という状況でした。すごく大切な話なのに、どうしても情報入手が遅くなる。手話通訳が入って、すごく嬉しかったです」

 玉城知事の記者会見は、ユーチューブの沖縄県公式チャンネルで視聴できる。県広報課によると、4月11日以降、知事会見の全てに手話通訳が同席し、発信している。

事業所発の透明マスクがヒット

 今年2月19日、那覇市若狭の就労継続支援B型事業所「みみの木」を訪ねると、利用者がサングァー(沖縄のお守り)作りに励んでいた。利用者は24〜89歳の21人。全員、耳が不自由で、手話でやりとりする。比嘉さんは5年前から、ここでサービス管理責任者を務めている。

 浦添市の自宅から車で利用者を迎え、出勤する。各自の健康状態にも目を配り、支援計画を作成。利用者と同じ障がいがあることで、理解しやすい部分もあると言う。

比嘉さんが「いい話があるんですよ」と透明のマスクを見せてくれた。実はこのマスク、知事会見の時に手話通訳者が着けているものという。沖縄聴覚障害者情報センターから相談があり、みみの木のスタッフが試作品を作った。3度、4度と修正を重ね、出来上がったのが現在のマスク。県外にも評判が広がり、利用者の力でこれまでに1000枚以上を売り上げた。

手話を使い、「みみの木」が商品化した透明のマスクを紹介する比嘉みゆきさん=2月、那覇市若狭

マスク生活が続く…できることは

 一方、新型コロナの影響は、この事業所にも及んでいる。感染拡大を防ぐため、緊急事態宣言中は開所時間を短縮。休所せざるを得ない日もあった。比嘉さんは「つらい」と打ち明ける。

 「聞こえる人は、電話などでストレス発散できるかもしれない。確かに今は、耳が聞こえなくても、スマホがあれば画面越しに手話で会話できます。でもここの利用者は、高齢でスマホを持っていない人も多い。対面で話すと、すっきりします。その機会をつくれないのはつらい」

 みみの木は、ろう者(聴覚障がい者)だけが通っている、県内唯一の事業所という。利用者にとっては、かけがえのない場所だ。

 「ろう者は、手話でしっかり会話ができれば精神的に落ち着く。言いたいことが伝えられて、安心できるんです。手話は私たちにとってすごく大事。なので、直接会えない、手話の時間が取れないことが大きなストレスになっています」

 手話で会話する時は、どうしても対面になる。みみの木では、斜めにズレて座ったり、距離を取ったりするよう利用者に伝えている。

「みみの木」利用者が作成した、最近人気の携帯電話スタンド

 ワクチンの接種が一部で始まったとはいえ、新型コロナの終息はまだ見通せない。マスク生活は当分、続きそうだ。比嘉さんに聞いてみた。どうすれば生きやすくなりますか?

 「皆さんには、簡単な手話でいいので、興味を持って覚えてほしい。手話は言語の一つとして認められています。あるいは、身振りやジェスチャーなど、何らかの工夫をしてもらえたら嬉しい。筆談の時は長い文章ではなく、簡単に、短く書いてもらえたら分かりやすいです」

 比嘉さんが身振りで「分かりません」と伝えても、お構いなしに話し続ける人もいる。

 「社会には聞こえない人がいる、と知ってほしいです。コンビニに行ったら、コーヒーのMやLなどのサイズ表記があります。見て分かるものが準備されていると、とても助かります。これは聞こえない人に限らず、外国の方の助けにもなると思います」

 コロナ禍の先。私たちの社会がより優しくなっていることを、比嘉さんは願う。

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