<稲嶺元知事インタビュー詳報>沖縄振興「第2の尖閣を作ってはいけない」


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 1972年に米軍施政下にあった沖縄が日本に復帰してから今年で49年。復帰時から10年ごとに、5次にわたって続いてきた沖縄振興計画の期限が来年3月末で切れる。沖縄県は新たな振興計画の制定を国へ求めている。第4次(02~11年度)と第5次(12~21年度)の振興計画の制定時にそれぞれ知事を務めた稲嶺恵一氏と仲井真弘多氏に、新たな沖縄振興の必要性や基地問題を背景とした政府との距離感などを聞いた。

【稲嶺氏の記事はこちら】

【仲井真氏の記事はこちら】

インタビューに応じる稲嶺恵一元知事=2021年6月

 Q:新たな沖縄振興の必要性は

 :重要はポイントはいくつかあるが、まず一つは、沖縄の本質を見極めることだ。沖縄は範囲が広い。歴史も影響する。地理的な環境、時代背景、数多くの要因がある。やはりそれをしっかりととらえて認識することも大変重要だ。大きく変わる時期だ。それは何か。新型コロナウイルスだ。相当な影響が出てきた。

 離島の問題が重要だ。日本には離島県は意外に少ない。離島の住民感覚の意識があまり伝わっていない。沖縄は幅も広いし、非常に多くの住民がいる。離島の生活は高コストだ。全くそのまま放っておくと無人島になる。無人島になるから問題だ。端的に言うと尖閣みたいになるっていうことだ。

 微妙な問題だが、離島の問題は、考えないといけない。沖縄の果たすべき役割はあるんじゃないか。一つは離島についていろんな意味の特別な配慮ね。私たちは、第2の尖閣を作ってはいけない。そのためには離島対策はかなり真剣に、離島も本島に住む人と近いような生活水準が必要だ。

 天は自ら助くる者を助く。二本の足で立てるように助けることは重要だ。

尖閣諸島

■基地負担軽減、イデオロギーではない

 Q:一方で過重な基地負担もある。

 A:まずは、中国は生優しいものではない。僕は中国の要人に何度も会ったことがある。彼らはみんな優秀で切れる。本当に一つの国のために、それぞれの立場で行動する。

 そういうことを意識しながらも、沖縄ってのは、過重な基地負担にあるのは事実だ。国防は国の問題だ。国の問題ということは、全国民、各地域が等しく考えるものだ。この狭い地域の中に約70%の米軍専用施設があることはいいことかと。なぜなら国防は重要だからだ。みんなでしっかり負担するべきだと。それはおかしいのではないかとずっと言い続けている。沖縄県としてもそれは主張していくべきだ。イデオロギーの問題ではなくて、あくまでも一つの正しい方向として、その問題はしっかりとらえてほしいと思う。

 今回のコロナ問題もそうだが、難しさを感じるのは日本は大事な物事が決まらない難しい国になってしまったということだ。外野は多いし、いろいろ言うし。そういう意味では基地問題は今後も難しい。つまり、主張はする人は多いけれども、義務感とか責任感を持って取り組む人は、少なくなっている。沖縄もそういうを承知の上で、対峙(たいじ)しないといけない。沖縄側も強い発信力が求められる。

■遺骨収集した小渕さん

 Q:稲嶺さんが知事を務めて、第4次沖縄振興計画を策定した時期と今の永田町の雰囲気は違うか。

 A:雲泥の差。でもね、これは私の力ではない。歴史的背景だ。人間は体験に勝る者でないのが私の80年の人生の知恵だ。
 
 とにかく、沖縄のために何かしてやろうと思いのある応援団がいっぱいいた。例を挙げると、沖縄懇話会があった。中山素平さん=日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループに再)元頭取、ウシオ電機相談役の牛尾治朗さん、京セラ会長の稲盛和夫氏、椎名武雄さん=日本アイ・ビー・エム元最高顧問=らがいろんなことをしてくれる。私の時の主要行事にはほとんど絡んでいる。

 小渕恵三元総理は早稲田大の学生の時に沖縄に来て、泊まったのはうちのおやじのところだ。おやじは早稲田OBだった。面倒を見たのが翁長雄志(前知事)の兄貴の助裕とかだ。小渕さんは学生のときから収骨していた。おやじに対しての学生の小渕さんが書いた手紙を今でも持っている。みんな思いがある。今とは全然違う。遺骨収集に参加した人は、ここで沖縄の県民は犠牲になったことが分かる。これは終生心の中に残るものだ。

 Q:応援団は少なくなっている。

 A:応援団はみんな戦争体験がある人で、沖縄が戦争で犠牲になったことが分かる人たちだ。例えば野中広務さん=元官房長官=は少年兵だった。直接沖縄には関係があったわけでもない。山中貞則先生=初代沖縄開発庁長官=もそう、梶山静六先生=元官房長官=も戦争と関係がある。焦土と化した沖縄のために何とかしないといけない思いがある。最近は(沖縄戦末期、沖縄県民の敢闘をたたえる電報を打って自決した海軍司令官の)大田實少将の話をする人はいなくなった。この人たちは体験がある。勉強して学んだから言っているわけではない。

 応援団はもういなくなった。そうすると、沖縄側は従来は応援団に頼っていた。これからは頼れない。沖縄もパイプづくりを積極的にやらないといけない。今、それをやっているのがいないのが問題だ。大田昌秀知事時代の副知事の吉元政矩さんなんか有名だった。官邸に太いパイプがあって。あの人は共産党が反対して副知事人事を可決されなかったけど、あの野中さんも自民党県連に吉元を推せと支持した。でもそれでも拒否したんだから。

■魚はいらない、釣りざおを

 Q:沖縄振興計画の策定に当たっての理屈付はどうしたのか。

 A:魚はいらないから釣りざおをくれと。つまり補助金はいらないから、制度をくれと言った。それはなぜか。私が毎晩酒を飲んでいた三金会という会があった。沖縄の将来をどうしていくべきか、議論をするための集まりだった。それが後に経済同友会になった。

 釣りざおの論理の主柱だったのが、三金会メンバーで琉銀頭取を務めた中山吉一だった。日本は単一のルールで物事を決めるが好きだけど、復帰後の沖縄の実情には合わない面もあった。例えば、牛小屋の条件は北海道と同じものだった。補助をもらっても使いにくい面もあった。

 中山吉一は、沖縄は早く経済的に本土並みになりたいと、復帰して何年かは同質化を求めてきたが、その考え方は失敗だったのではないかと言った。同質化を求めていると、それは沖縄に合わないのではないか。沖縄を日本全体のためにも異質化に進むべきではないのかと提唱した。

 沖縄の特性を見ると、地理的特性、気候的特性もある。歴史もある。逆にいうと、特異性を発揮して日本の中で力を発揮するべきではないかと。

 国場組元会長の国場幸一郎さん、この人が魚より釣りざおをとの言葉を使っていた。中国の荀子の言葉だ。与えられたものを言われるがままに制度的に当てはめると、自主性もないし、特異性をはっきできない。沖縄もね、言われたことだけやってたら伸びない。本来は、経済も自らの足で立たないといけない。『天は自ら助くる者を助く』は僕の信念だ。怠け者は助けない。自らの力で努力しないといけない。補助金をもらっていても補助金はいつか消える。釣り具がないと魚も釣れない。

 山中先生にそれを言った時に、俺は『初めてそんな言葉を聞いた』と言った。沖縄は今まで何をしてくれと、要望だけだったと。こうしたいとかは何もなかった。だから、山中先生は沖縄側の要望を聞いてくれた。

OISTのキャンパス

■OISTは「実力ある人」との成果

 Q:これからの沖縄に必要な振興策は。

 A:基本的には沖縄は太平洋の要石と言われている。それは従来軍事的な面の話だったが、そうではない。全ての面で要石になりうる。学術的にしろ、あるいは文化にしろ、経済的にもね。全てをやっていって、

 学術では、幸いなことに、たった一人の男の影響力が大きかった。尾身幸次さん=元沖縄担当相=だ。沖縄が今後進むべき道を示す一つの良い例だ。尾見さんは日本は世界の学術研究から遅れているとの思いを持っていた。

 尾見さんは、沖縄担当大臣と科学技術政策担当大臣を兼任していた。仕事をする人なんだ。沖縄側の要望と尾見さんの思いが一致したことが良かった。科学技術振興のために日本の学問体系を変えないといけないと。そのためには独自の大学をつくらないといけない。しかもこれの大学はベスト・イン・ザ・ワールドを目指す。ベターではない。ベターでは誰も興味がない。それでできたのが沖縄科学技術大学院大学(OIST)だ。

 何が言いたいかというと、これまでのすごい応援団のように沖縄に特別の思いがなくても、方向性が一致する実力のある人と手を携えるべきということだ。そのためには積極的なパイプ作りが必要だ。理解者を得るために。心底沖縄への思いを持つのは、戦争経験者でないとなかなか難しいから。沖縄側もそれだけ動かないとならない。日頃から人と人のつながりを構築するためにね。

 Q:復帰から50年になろうとしているが、政府との距離感によって沖縄に対する振興策の優遇度合いが違う。沖縄県知事の役割をどう考えるか。

 A:一番大事なのは、県知事は県民のために一生懸命、仕事をするということだ。それからもう一つは、沖縄県は日本の国の一つの県だ。そこに限界がある。私は常にベストでなくベターと言っている。沖縄の主張を強く主張して、言うだけでなくて、いろいろなパイプを使ったり、人脈を増やしたり、日頃の付き合いをして、積み重ねを重ねた上で、こちら側のギリギリの主張をするわけだ。その中で最後は、落としどころを見つけるわけだ。ベターな選択になるはずだ。ベストな選択はしたいが、実際にはできない。それが沖縄県知事の限界だ。

 では政府と全く対立した場合はどうなるか。沖縄の重要な問題に関する施策は、これまでは全部、沖縄政策協議会で決められてきた。沖縄には特殊事情があるからだ。少なくとも政策協議会を開けるような関係になっていくことが重要だ。

 Q:ベターならば基地問題である程度、妥協をせざるを得ないことも。

 A:それもあるわけ。オール・オア・ナッシングでは駄目だ。

■近隣諸国との交流もっと

 Q:県の公表した振計素案はどうか。

 A:向かうべき方向性はいいと思う。当然尖閣の問題も含まれる。米中の対立が強まり難しいではあるけど、それでも沖縄は過去の歴史の中で、中国とは仲良かったわけだ。昔、習近平国家主席も来たことがある。隣国だから、丸っきり対立するわけでなくて、緩衝地帯になり得るようなそういう働き掛けはするべきだ。それは国益に通じると思う。国益に通じることをやらない限りは、国は沖縄のことを評価しませんよ。近隣諸国との交流はもっと広げてほしい。
 それと沖縄近海には、海底資源として熱水鉱床その他もある。現在ではともかく、将来的には開発できる資産が相当沖縄近海に埋蔵している。この開発は国がやるということではなくて、沖縄も関与していってほしい。国へと貢献していって、経済的メリットを出せるような方向が必要だなと思う。

 OISTも真価を発揮するのは、50年後だと言われていた。自立経済の構築のために数十年後を見据えて種をまかないといけないが、最近はまけていない。そこは懸念している。