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アフガン情勢 関係国でテロ対策協議を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 沖縄の安全保障環境は米国の世界戦略と直結している。その観点から現在、最も注目しなくてはならないのがアフガニスタン情勢だ。バイデン米大統領は8月末までに米軍がアフガニスタンから完全撤退すると約束している。この声明後、アフガニスタンのタリバンが攻勢を強めている。

 <アフガニスタン駐留米軍トップのミラー司令官が12日退任し、アフガンでの作戦指揮権を、中東全体を管轄する米中央軍(司令部・米フロリダ州)のマッケンジー司令官に移譲した。現地で作戦を担う司令官が退き、4月下旬に始まった撤退作業はバイデン政権が目指す8月末までの完了へ大きく前進した。
 /アフガンでは反政府武装勢力タリバンが攻勢を強めて各地で支配地域を拡大、治安のさらなる悪化が懸念されている。ミラー氏は首都カブールで開かれた指揮権移譲の式典で「アフガン国民の願いに反して暴力が続く。停止する必要がある」とタリバンに要求した>(13日本紙電子版)。

 しかし、米国が暴力の停止を呼び掛けても、タリバンがそれに応えることはない。米軍の駐留によって、アフガニスタンの諸部族間の均衡が保たれていた。米軍の完全撤退は、権力の空白を招く。タリバンの母体になっているのはパキスタンとアフガニスタンにまたがって住んでいるパシュトゥーン族だ。タリバンの拠点は、アフガニスタンだけではなくパキスタンにもある。

 また、サウジアラビアの過激派がタリバンを支援している。米軍の完全撤退に乗じて、パキスタンとタリバンとサウジアラビアの過激派がアフガニスタン内で攻勢を強めることは必至だ。これに対して、ロシアとタジキスタンの支援を得て、アフガニスタン内のタジク族を支援するのが均衡を維持するために必要と思う。

 しかし、バイデン大統領はアフガニスタンにロシアの影響力が拡大することを警戒しているようだ。これまで米ロ間では、国際問題でさまざまな利害の対立があってもテロとの戦いでは協力してきた。米国はその方針を変更しつつあるように思える。

 状況を冷静に見ているのがイランだ。イラン政府が事実上運営するウエブサイト「ParsToday」がこう論評している。

 <アフガニスタンからの米軍撤退プロセスが開始されて以降、アフガン反体制組織タリバンが国内の掌握地域の拡大に向けた行動を強化しています。タリバン当局者は、アフガン領全体の85%を掌握していると主張しています。タリバンは、「我々の目的はアフガン国内権力を完全に奪取することではないが、各州の中心都市を攻撃しないと米国政府には確約しなかった」と主張しています。アフガンでは衝突の継続や激化により、数万世帯が住む家を失い難民化しています>(7月10日「ParsToday」日本語版)。

 アフガニスタンには、イランと同じ12イマーム派のイスラム教シーア派の人々がいる。ハリリ派と呼ばれるこの人たちは、現在もイランからの支援を受けている。イランと米国は対立する関係にあるが、アフガニスタンから米軍が撤退することでタリバン勢力が台頭することをイランも不安に思っている。

 どうもバイデン政権でアフガニスタン問題を担当するグループは、米国内の世論の反応だけを気にしていて、アフガニスタン問題の経緯や複雑な部族と宗教の関係が理解できていないようだ。アフガニスタンを拠点とするテロ組織が米国を攻撃するような事態を避けるためにも、米国がロシア、タジキスタン、サウジアラビアなどとタリバンの台頭を防ぐ方策について虚心坦懐に話し合うべきだと思う。

(作家・元外務省主任分析官)