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「約束守ったよ」 母の遺影を手に表彰台中央に上る喜友名


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空手男子形で獲得した金メダルを胸に笑顔の喜友名諒。母紀江さんの遺影を手にしていた=日本武道館

母紀江さんの遺影を手に、表彰台の中央に立った。空手男子形の喜友名諒(31)=劉衛流龍鳳会=の目に涙が浮かぶ。一昨年2月、息子の金メダルを願いながら、見届けることなく57歳の若さで死去した最愛の存在に、最高の景色を見せた。

決勝の形は自身の流派の「オーハンダイ」。一歩動く間に複数の技を繰り出し、四方へ連続して蹴りを放つ。勝利を告げられても引き締まった表情は崩さない。相手をたたえ、マットの中央で正座し深く一礼。「約束を守ったよ」と母に伝え「今は全てに感謝します」との思いを込めた。空手発祥の地、沖縄で生まれ育ち、今もそこで腕を磨く。故郷と空手への誇りを胸に、他を全く寄せつけない別次元の演武だった。

「稽古中に一瞬でも気を抜けば死を意味する」。喜友名は劉衛流龍鳳会会長で師匠、佐久本嗣男会長(73)の下での稽古をそう語る。実戦での攻撃、防御の鍛錬のために先人が練り上げてきた形。急所攻撃など危険な技も含まれ、美意識も漂う所作の裏には「殺意」(佐久本会長)が宿る。

5歳で道着に袖を通した喜友名が形の世界王者でもある佐久本会長と出会ったのは中学3年の秋。劉衛流の稽古を見学し「命を懸けているような稽古で、熱気がすごかった。自分も燃えた」と、すぐに入門した。

19世紀に中国から沖縄に伝わった劉衛流は「湧き出る泉のごとく、よどむことなく技をつなぐ」が極意で「最も武道性の高い空手」と言われる。2018年2月を最後に負けがない喜友名も、単なる大会での勝利ではなく「相手を砕く一撃の強さ」を追求する。

母の懐に抱かれるような故郷の自然を愛し「空手が生まれた地の空気を感じながら、ずっと佐久本先生の指導を受けたい」と言う喜友名。中学時代から共に鍛える上村拓也さん(28)は「諒先輩は何もかもが真っすぐな人間」と語る。愚痴や陰口とは一切無縁だ。

県出身者で初の金メダリストとして歴史に名前を刻んだ。だが満足はしない。「50歳、60歳で見えてくる景色がある。まだ知らない空手の世界が分かってくるのが楽しみだ」。探求の旅に終わりはない。

(共同通信)