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レースを終え、選手が陸に引き上げていく。その中で一人、水面に浮かぶ艇に乗ったまま、瀬立モニカが物思いにふけっていた。
8位だったリオ大会以降、一心に目指してきた夢の舞台。「たくさんの人の愛を感じながらこぐことができた。この時間を少しでも長く、水面から感じ取っていたかった」。目標の金メダルを獲得できなかった悔しさはある。それよりも、支えてくれた多くの顔が思い浮かび、笑顔になった。
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8艇による決勝レース。2レーンの瀬立は「ちょっと力み過ぎた」と得意のスタートで前に出られない。しかし後半で後退した2日前の予選とは違い「強い気持ちで臨めた」と先頭に食らい付いていく。タイムはリオ決勝から11秒以上縮めたが、トップとは約4秒差でゴールし「これが自分の実力。これだけやってもメダルは取れないという厳しさを感じることができた」と潔かった。
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諦めではない。パラリンピック2度目の挑戦で、順位は前回より一つ上げて7位。まだ23歳。3年後のパリ大会に向け「やっぱりメダルを取れないとカヌーは終われない」と意欲を見せる。
決勝後、コーチや出身地で、レース会場の江東区の関係者に対する感謝の言葉が次々と口を突いた。合宿の拠点としていた大宜味村の人たちについて話題が及ぶと「そっか、今日(テレビで)見てくれてるのかな」とぱっと表情が明るくなった。持ち前の明るさで地域住民と親しくなり、村には昨年、後援会も立ち上がった。
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娘のようにかわいがってくれた大宜味の人たちの顔を思い浮かべ、愛情たっぷりに言った。
「メダルを持ってパレードすることはできないけど、コロナが落ち着いたら、必ず感謝を伝えに行きたい。みんな長生きして待っていてほしいです」(長嶺真輝)
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