初舞台の喜納、前半の消耗響き7位 潔く「これが始まり」 伸びしろは無限


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女子マラソン(車いすT54) レース終盤の上り坂で力走する喜納翼=東京都新宿区

 出発点の国立競技場を出ると、いきなりヤマ場を迎えた。約1キロの急坂を上り、緩く曲がってまた上る。足の筋肉と骨が成長しきった19歳で下半身まひとなった喜納翼は、その分体重が重く、上りを苦手としている。「最初がネックになると思っていたから、いい位置で入りたかった」と出走者16人の中で前の位置に付けた。しかし「みんなの加速に付いていけなかった」と後退。2位集団と約20秒の差を付けられ、9位で滑り出した。

 ただ、2位集団の7人はけん制し合い、ペースが上がらない。1人追い掛ける喜納もその背中を視界に入れたまま走る。「しっかり走れば追い付けると思っていた」と、焦らずに距離を詰めて15キロ付近で集団を捉え、仕切り直しかと思われた。しかし、この序盤戦が喜納の体力を容赦なく削っていた。

 異変が起きたのは中盤の25キロを過ぎた辺り。若干のアップダウンやコーナーの立ち上がりを繰り返す度、自身を含め6人に絞られていた2位集団から徐々に引き離されていく。雨風の中、前半に他選手を風よけに使えずに前方を追走していたのが影響した。「追い掛けてきた分、集団の他の選手より疲労があった」。再びの挽回はかなわず、7位でフィニッシュした。

 初の大舞台での入賞。健闘したが、終えた瞬間は「悔しさの方が大きかった」。世界のトップがそろう中で「楽しく走りたいと思っていたけど、勝ちにこだわってみたくなった」と強い闘争心でレーサー(競技用車いす)に乗り、度々集団の前に出てペースをつくるなど要所で積極的に仕掛けた。結果に満足はないが、悲壮感もない。挑戦者の姿勢を貫き「単純に力不足」と潔かった。

 2年前に日本新記録を樹立して以降、代表の有力候補と言われながら「今やるべきことをやるだけ」と常に目の前のことに集中し、筋力や持久力の強化に務めてきた。今大会、トライアスロンにも出場した土田和歌子は46歳で4位入賞を果たしたが、自身はまだ31歳。今後についても「これが今季始まりのレース。しっかり走っていきたい」と歩みを止めない。急成長を遂げる伸びしろ無限大のホープは、日々の努力の先にあるさらなる栄光を目指し、車輪を回し続ける。
 (長嶺真輝)


 喜納翼(きな・つばさ) 1990年5月18日生まれ。うるま市出身。小学4年の時にバスケットボールを始め、中学、高校と県代表に選出。大学1年だった2010年、筋力トレーニング中にバーベルを落とし、胸椎骨折で下半身まひに。下地隆之コーチとの出会いを機に、13年に車いす陸上を開始。19年の大分国際マラソンで1時間35分50秒の日本新記録を樹立した。クラスはT54。Tはトラック競技やマラソンなどを意味する。数字の2桁目は障害の種類と競技形式を表し、5はせき髄損傷によるまひや切断による車いす使用など。1桁目は障害の度合いを表し、数字が小さいほど重い。