沖縄基地強化と連動 個人情報集め、規制準備<住民監視の危険~土地規制法の問題>下


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辺野古新基地建設に反対する市民らが座り込みなどの抗議活動を続ける米軍キャンプ・シュワブのゲート前=6月、名護市辺野古

 安全保障上政府が重要と定める施設や国境離島の区域内に住む住民を調査・監視し、行動を規制する「土地規制法」(「住民監視法」)が6月16日未明国会で可決成立した。国会会期末当日の強行採決は異例ずくめであった。

異常な強行採決

 15日夜、参議院内閣委員会では委員長が強行採決しようとしたため立憲民主党や共産党は委員長解任決議を提出したが否決された。法案は参議院本会議に送られここでも採決が強行されようとしたため、同じく立憲、共産、社民3党は参院の議院運営委員長の解任決議を提出。これも否決された。参院本会議は前日に同じ野党4党が提出した内閣不信任案を否決したばかりであった。内閣不信任案が否決された当日に重要法案の採決を行うのは異例である。そしてこれも異例なことに、日をまたいだ翌日未明の採決強行となる。

 政府・与党がこれほどまでに法の成立を急いだのはなぜか。潮目が変わったのは私たちをはじめ多くの市民団体が全国一斉に行ったファクス要請の甲斐もあって実現した参考人招致であった。野党推薦の参考人の卓抜した問題追求で与党参考人や法案に賛成する立場の国民民主党の委員も法案の問題点に理解を示す兆候が表れていた。政府・与党は国民の中に反対論が広がる前に法案を成立させて批判を封印しようとしたと考えられる。

伝わらない実態

 私たちは法案の審議が始まる前の4月30日に反対緊急声明を発表し、全国303団体の賛同を集め、法の廃案を求める活動を展開してきた。しかし琉球新報をはじめ沖縄のメディアに比して本土のメディアの反応は遅かった。また市民の間にもこの法の恐ろしさは十分伝わらず国民的な議論にはならなかった。その理由は二つある。

 一つはこの法案が外国資本の規制だとの誤解があった。今でもそうである。「外国資本の土地取得規制」という触れ込みで法案が提出され、一部メディアもそれに乗じた。法案のベースとなった有識者委員会の提言にも「外国資本による広大な土地の取得が発生する中、地域住民をはじめ、国民の間に(安全保障上の)不安や懸念が広がっている」とある。

 具体例として自衛隊の駐屯地がある長崎県対馬市や基地がある北海道千歳市の例が挙げられ、この件が取り上げられた両議会議事録が参考資料として添付されている。しかし国会での政府答弁で両市での外国資本の土地取得が観光のためであって駐屯地や基地へのリスクには当たらないことが明らかになった。

 これは立法事実に関わる重要な問題である。国会審議での野党の質問に対して政府は外国資本が基地機能のリスクになっている具体的事例はないと答えている。法案の担当大臣である小此木特命大臣はこともあろうか、「(立法事実を)探していかなければならない」と答弁している。つまり立法事実は存在しない。立法趣旨は日本人の監視と規制であることが明らかになったのである。

 政府は外国資本による基地周辺の土地取得が問題だという危機感をあおり、法案に対する人々の警戒心を封じこめたと言える。これを悪質な情報操作と言わずして何と言えよう。 この法律の問題は、その目的が日本人の監視と規制だということが分かったとしても、多くの人はこれが自分たちを対象としているとは思わない。なぜなら法文中に周辺住民を規制する重要施設とは何か(特に「国民生活関連施設」とは何か)、どのような行為を規制するのか、誰が調査と監視の対象となり、誰に調査のための情報提供を求めるのかが具体的に示されていないからである。

 「重要施設」の「機能阻害行為」を行うものは勧告・命令に従わなければ2年以下の懲役、200万円以下の罰金という重罰を課せられるにもかかわらず、刑罰の構成要件が法文中で明らかになっていない。すべては国会の関与もなく政令や総理大臣の判断で決まる。調査・監視・規制の対象は限りなく広がりうる。これは明らかに憲法31条にある法の明確性の原則(罪刑法定主義)に違反している。

 都合の悪いこと、市民が反発するであろうことは法律に明記しなかった。これも多くの人がいまだに自分の問題と捉えられない理由である。そしてこれも情報操作の一つと言えよう。

廃止への運動

 この法律の最も危険な点は基地や海上保安庁施設の周辺のみならず、原発をはじめとした重要な「国民生活関連施設」の周辺の住民の個人情報が政府に握られることにある。「阻害する行為」の規制はいつ、どこまで行われるかは分からない。

 しかし住民の調査と監視は法が施行されればすぐにでも着手され恒常的に行われる。これが冒頭でこの法律の略称を「土地規制法」(「住民監視法」)とした理由である。

 すべての個人情報が収集・蓄積・分析され、いつでも規制できるように準備が進められる。平時での規制もありうるが(基地建設や軍事訓練の監視や反対運動に対して)、有事の際は絶大な力を発揮する。

 土地規制法(住民監視法)は沖縄全島の軍事要塞(ようさい)化および戦争準備と並行して立法化されたと考えられる。住民が監視され戦争に協力させられ、批判的な人間が抹殺された沖縄戦の悲劇が繰り返されようとしている。

 この法律を廃止する運動が始まっている。沖縄では「土地規制法の廃止を求める有志の会」が沖縄県下のすべての自治体の議会と首長に法の廃止と法の被害から住民を守ることを求める請願、陳情、要請の文書を提出した。

 自治体のできることは国に廃止を求めるだけではない。法が施行された際に住民の個人情報を国へ提供することを拒否したり、個人情報を提供したりした際は当該個人に通知することもできる。法の第一のターゲットになっている沖縄からこの法に抵抗する運動を起こす。

 そして沖縄で起こることは全国どこでも起こりうることを全国の市民社会と連携して訴えていく。沖縄を孤立化させれば、次は本土につけが回ってくる。


 

谷山 博史氏

 谷山博史(こばやし・たけし) たにやま・ひろし 1958年、東京生まれ。中央大学大学院法学研究科博士課程前期卒業。土地規制法廃止アクション事務局。日本国際ボランティアセンター代表理事を経て現顧問。2015年から19年まで国際協力NGOセンター理事長。日本イラク医療協力ネットワーク顧問、「市民社会スペースNGOアクションネットワーク」コーディネーター。著書に「NGOの選択」(共著、めこん)や「『積極的平和主義』は紛争地になにをもたらすか!?」(編著、合同出版)、「非戦・対話・NGO」(編著、新評論)など多数。