「お風呂のよう」温暖化の海…南のカニが北上、消える固有種…沖縄の生き物たち<SDGsで考える 沖縄のモンダイ>


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 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、地域や社会をよくしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだに解決されていない。SDGsの理念にある「誰一人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。連載企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」は、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。7回目は世界、沖縄でも進行が進む地球温暖化と生物への影響について考える。

 この秋、スーパーの鮮魚コーナーでは、数年前まで1匹100円程度だったサンマが200円ほどの高値を付けている。水産庁はことし6月、近年のサンマやサケの漁獲量減少は気候変動が要因だとする報告書をまとめた。従来いた生物が消え、南方系の生物が現れるといった生息域の変化は全国で報告され、沖縄でも起き始めている。

 暑さも和らいだ10月の漫湖水鳥・湿地センター(豊見城市)。湿地に伸びる木道で足を止めると、下に広がる泥の穴からカニたちがもぞもぞと動き出す。「あ、あそこに」。長く環境教育に取り組む鹿谷麻夕さんがマングローブの根元を指さした。リュウキュウシオマネキが白とオレンジのはさみを目の前に構え、半身をのぞかせていた。

 もともとは八重山諸島を北限としていたが、ここ数年で沖縄島でも見られるようになり、漫湖にも定着した。シモフリシオマネキ、ヤエヤマシオマネキも同様に、以前の八重山から分布を広げ、今や漫湖の“レギュラーメンバー”だ。

 シオマネキ類は幼生時代をプランクトンとして海で過ごし、海流に乗ってあちこちに運ばれる。「恐らく今までも幼生は漂着していたが、冬の寒さに耐えられず死滅していた。最近の温暖化で冬を越せるようになったのではないか」。鹿谷さんはそう指摘する。

 一方、鹿谷さんが観察会をよく開くあちこちのイノー(サンゴ礁)では、ここ10年ほどで観察できる生き物の種類や数が激減した。特にクリイロナマコやタカラガイの一種キイロダカラといった、以前は浅瀬で普通に見られた種が見つからなくなったという。

南方系のシオマネキが増えた漫湖の湿地を指す鹿谷麻夕さん。生物には異変が起きているという=豊見城市の漫湖・水鳥湿地センター

 「以前の海じゃない。ここ10年ほどで急激に変わっている」。危機感を募らせる鹿谷さんは、近年、夏の浅瀬の水温は「お風呂のよう」だと言い、「これに耐えられる生き物しか生き残っていないのではないか」と見る。

 石垣島の海で約20年、ネイチャーガイドをする「エコツーふくみみ」の大堀健司さんも近年、海水温上昇を肌に感じている。海水は太陽に温められて海面に近いほど水温が高くなる。以前は立ち泳ぎをすると腰の辺りで水温が変わり、少し素潜りするとひやっと感じたが、2016年のサンゴの大規模白化の頃から「潜っても水温が高いと感じるようになった」。高水温の層が厚くなっているのだ。

 台風が来ると海水は表層と深い層がかき混ぜられる。以前なら台風後は5度ほど下がって寒く感じるほどで、水温は数日をかけて少しずつ戻っていったという。しかし最近は深い層も水温が高いため、かき混ぜられても下がり幅が小さく、水温が戻る日数も短くなった。サンゴなど生物は高水温に長時間さらされることになる。

 環境省によると大規模白化からのサンゴの回復は鈍く、石垣島と西表島の間にある国内最大級のサンゴ礁「石西礁湖」で20年秋に確認された生きたサンゴは、全体のわずか1割だった。「海水温が原因かは分からない。でもサンゴ以外も含めて20年前より生物は減っている」。それが大堀さんの実感だ。

 生物の生息状況が変わる要因は気候変動に限らない。自然状態でも気候などで変動するし、人間の影響に限っても生息地の破壊、環境汚染、乱獲、外来種の移入など多様な要因があり、それらが重複していることもある。どこにどんな生物がどれくらいいたか、過去と現在を比較できる正確な記録は少なく、生物の減少やその要因を科学的に結論づけるのは難しい。

 「それでも」と、鹿谷さんは言う。「因果関係が明確になる時は手遅れ。一つ一つは個人的な印象でも、それらを集めて全体を見ると温暖化の影響は否定できない。人間が感じる以上に生物の変化は進んでいる」

 日当たりのよい干潟ではオサガニたちが忙しそうにはさみを動かし、ミナミトビハゼが視界のあちこちでぴょんぴょんと跳ねている。生き物たちが声高に叫ぶことはない。ただ静かに現れ、そして消えていく。

地球温暖化 社会システムの変化を

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は8月、新しい報告書を発表し、地球温暖化への人間活動の影響を「疑う余地がない」と断言した。気候システムには過去に例のない規模で変化が起きており、このままでは産業革命前と比べて気温上昇は今世紀中に1.5度を超える可能性が非常に高いとした。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は気温上昇を2度未満、できれば1.5度に抑えることを目標としており、新しい報告書では非常に厳しい現実が突きつけられた。

 沖縄地方ではすでに年平均気温が100年当たり1.21度上がった(沖縄気象台「沖縄の気候変動監視レポート2021」)。特に1971年以降は上昇のスピードが上がっている。

国際機関や国、沖縄気象台など各機関がまとめた数々の報告を示しながら温暖化の進行を説明する地球温暖化情報官の河原恭一さん=那覇市樋川の沖縄気象台

 だが県内では肌感覚の変化はさほど感じられず、危機感も高まっていない。沖縄気象台の地球温暖化情報官・河原恭一さんは「秋になって涼しくなったと感じる方が感覚的には大きく、年平均気温の1度上昇は体感しづらい」と話す。沖縄は大きな川がないため洪水被害が少なく、海に囲まれているため夏の最高気温が上がりにくいことも、県外や海外ほど関心が高まらない背景にある。

 だが変化は確実に起きている。前述のレポートによると、温室効果ガスの排出量が減らない場合、21世紀末の県内の年平均気温は20世紀末より3.3度高く、最高気温35度以上の猛暑日は年間1日未満から57日に、熱帯夜は倍以上の約180日に達する予測だ。災害、農漁業への悪影響、病害虫の増加などに加え、世界規模の干ばつや大雨で食料の争奪戦が起きかねないという指摘もある。

 地球温暖化防止コミュニケーターでもある河原さんは「『今年はそれほど暑くなかった』『ひどい雨もなかった』と“安心材料”を探して温暖化を直視しない傾向があるが、長期間の変化は非常に厳しい状況にあることを認識する必要がある」と指摘。「個人の小さな行動は大事だが、それで何とかなるレベルではない。社会システムを変える必要がある」と指摘した。

社会基盤揺るがす
 久保田康裕氏(琉球大学理学部教授)

 

 気候変動による温暖化は生物多様性と生態系を大きく変化させると予想されている。日本での実際の変化を、全世界の生物分布の記録情報から検証した。

 2010年代の日本の平均気温は1980年代より1.08度上昇し、緯度にして約120キロの温度差に相当する。東日本の太平洋側に限ると2度以上、約230キロ分も上昇した。ほ乳類、は虫類、両生類、淡水魚類といった分類群全体で見た分布域はほぼ変化していないが、その中でも水辺の植物や鳥類の多くの種は分布域が北上していた。

 つまり移動能力の高い一部の生物種は、温暖化による分布シフトが確実に進行している。しかし植物や多くの脊椎動物はシフトしておらず、移動能力の低い生物は温暖化への対応が困難だと予想される。

 日本や沖縄のような島々の固有種は、限られた地域にだけに生息して個体数が少なく、海峡を越えた移動も難しい。温暖化の進行で絶滅する可能性がある。

 また温暖化で熱帯由来の外来種の侵入が加速するリスクが増している。特に都市化などのため土地改変された場所は、外来種が侵入しやすい。農業害虫やペットなど人間が持ち込んだものが温暖化で定着しやすくもなる。気候変動そのものに加え、気候変動に関連した外来種の拡大は固有の生物多様性への大きな脅威だ。

 日本や沖縄の文化や社会は、固有の生態系など「自然資本」を基に成り立っている。社会基盤を揺るがすような被害を受けようとしているのが日本の現状だ。

 温暖化防止は待ったなしの状況に追い込まれているが、日本での意識は低い。いまだに個人レベルの省エネなどが主張されているが、それでは追いつかない。最優先でやるべきことは従来の暮らしの在り方を変えること。社会の変革が必須だ。

変化の兆し 目前に

 「沖縄が避暑地」とさえ言われるほど、県外のような猛暑もなければ、ヨーロッパのような大洪水も、北米のような山火事もない。目の前の日常だけを見ていれば気候変動を気にせず生活することはできる。

 しかし右肩上がりの気温のグラフ、世界中の科学者たちの警告は、もはや疑う余地のない危機を突きつけている。詳しい人たちに聞けば、変化の兆しは沖縄でもすでに表れている。

 世界の宝に認められた沖縄の生物多様性も私たちの暮らしも、一番の土台となる気温や降水が変われば存続は厳しい。もういい加減、見たくない現実に向き合わなければならない。

(黒田華)

 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。