近年、せき止め薬などの「市販薬」を乱用する依存症の問題が深刻化している。岡山県出身の井上慎司さん(47)=浦添市在住=は交際女性との別れをきっかけに、20年以上も市販薬に依存した。薬の乱用で心身が疲弊し、何度も死ぬことを考えたという。依存症からの回復のために訪れた沖縄で人々とのつながりが生まれ、薬を絶つことができた。「どこかに支えてくれる人がいる」。今は支援する立場に変わった。
施設の仲間とどん底脱出
「薬が合っていたのかも」。高校卒業後、宮崎県の大学に進学した。明るいキャンパスライフを夢見たが現実は違った。人間関係がうまくいかず孤独感を抱え、程なく中退した。岡山に帰り、家業の建設業を手伝っていた。21歳のころ、4年ほど付き合っていた彼女と別れた。「彼女に依存した」という生活が壊れ、仕事が手につかず、食事もとれず「うつ状態になった」。そんな時に周囲ではやっていた市販のせき止め薬を使ってみた。
薬を使うことで「何でもできる」と思うようになり、仕事にも復帰した。10年ほど使い続けたころ、仕事のストレスで薬の量が増えた。病院にも通い、処方薬も含めて、多い時には1日40錠の薬を飲むこともあった。薬を使わないとどうしようもなくなった。
井上さんは奈良や沖縄で薬物依存症からの回復や社会復帰支援を目指す回復支援施設(ダルク)に入ったが、退所したり別の施設に入ったりを繰り返した。そんな中、犯罪に手を染めてしまった。「悪いことをしたという実感もない」まま、拘置所に入ることになった。「怖くなった」「何でこんな人生なのか」。急にわれに返り、部屋の中でぶるぶると震えた。
拘置所を出ると、奈良のダルクで知り合ったスタッフら3人と面談した。その中にいたワンネスグループ九州・沖縄地区代表を務める、位田忠臣さん(42)に「自分の行動は自分で責任を持たないといけない」と言われた。どん底で味わった何気ない一言に揺さぶられた。2019年1月、位田さんがスタッフを務めていた、沖縄の依存症の回復施設に入所した。
当初は体もぼろぼろで起き上がることもやっとだったが、施設の仲間たちに手伝ってもらい散歩に出掛けられるようになった。「最初はしゃべることもできなかった」という井上さんも周囲に打ち解け、人間関係を築いていくうちに薬の量も減り始めた。この1年半は薬を絶てているという。
井上さんは1人暮らしに向けて8月から、グループホームでスタッフとして働きながら集団生活を続けている。同時に、那覇市の地域生活支援センター「グッドモーニング」で利用者と話したり、将棋をしたりするなど、スタッフとして支援する立場に。今後は大好きな沖縄の海で仕事をしたいとも考えているが「できなくてもいい。今は『今の自分でいい』と思えるようになった」と笑った。
(仲村良太)