地域に愛され65年 「今帰仁のダンパチ屋」閉店 92歳店主も「卒業」 喜屋武理容館


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最後のお客となった上原豊哲さん(左)と喜屋武米子さん=11日、今帰仁村仲宗根の喜屋武理容館

 【今帰仁】沖縄県今帰仁村仲宗根区にある築65年の喜屋武理容館が老朽化に伴い取り壊される。工事の安全祈願祭が11日に行われ、近隣住民らによりささやかなセレモニーがあった。店主の喜屋武米子さん(92)はこれを機に理容師を“卒業”する。「旦那は貸しても、はさみは絶対に貸さなかったよ」と、仕事と道具へのこだわりをユーモアを交えて話す喜屋武さんに、集まった住民は「第二の人生を楽しんで」「これからも長生きして」などと温かい声を掛けた。

 建物は外装ブロックなどが剥がれ落ち、ネットで養生していたが、近くにアパートや住宅が増え、子どもたちなどに被害が出ないか不安があった。住宅を兼ねる店舗は、いつ2階の床などが落ちないかと心配されていたため、新たに建て替えられる。

築65年の喜屋武理容館を背に写真に収まる(左から)喜屋武米子さんと米子さんを第二の母と呼ぶ玉城薫さん=11日

 解体前日、65年間通い最後の客となった常連の上原豊哲さん(73)は「私の父からお世話になり、髪を切る喜屋武さんとの約1時間の会話が楽しかった。最後の客となり感無量だ」と感慨深げに話した。この日、室内には年季の入った道具が並べられ、その横にまんじゅうなどを供えた。

 喜屋武さんは70年ほど前に理容師免許を取得。ドル時代に100ドルで購入したはさみをずっと使ってきた。当時は「(高価すぎて)100ドルするはさみはない」とみんなに笑われたというが、50年以上たっても「すり減ってはきたが今でもよく切れる」。はさみを研ぐ牛皮(なめし皮)もその当時からの物を使用。はさみは今回、同じ理容師の婿に譲ることにした。

 安全祈願祭では長年隣に住み、喜屋武さんを自身の2人目のお母さんと呼ぶ「御食事処なーはー屋」の玉城薫さん(68)が祝詞をあげ、全員で手を合わせた。喜屋武さんは「立ちっぱなしは全然大丈夫だが、体も弱ってきた。自分でもこれまでよく頑張ったと思う」と少しほっとした様子も見せた。集まった人たちに礼を述べると、温かい拍手が送られた。

年季の入った道具を前に祝詞をあげる玉城薫さんと静かに手を合わせる喜屋武米子さん=11日

 喜屋武さんは50年以上理容館を一人で切り盛りしながら子ども2人を育て、孫4人、ひ孫1人に恵まれた。箏や三線の教師免許も持っており、認知症予防に指先などを使う箏も続けていきたいと、第二の人生に思いをはせる。

 玉城さんは「本人はまだやる気十分だが、コンクリートの建物が負けてしまった。よくはさみを置く決心をしてくれた。女性の強さを改めて知らされ、現役引退はとても素晴らしい」とたたえた。村民や地域に愛された「今帰仁のダンパチ屋」が惜しまれながら65年の幕を閉じた。

(新城孝博通信員)