<書評>『蛇を語る』 蛇を通して見る世界の文化史


社会
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『蛇を語る』髙橋渉二著 榕樹書林・2750円

 人々から嫌われ者であろう「蛇」をテーマにした、不思議な書物がある。山之口貘賞詩人で版画家の髙橋渉二氏の『蛇を語る』がそうである。なぜ、蛇なのだろうかと奇異に思った。だが、それは本書をひもとくごとに明らかになってゆく。

 髙橋氏は世界中の蛇の神話や伝説、昔話を集めて語る。その博識、資料収集への執念にはすさまじいものがある。日本や琉球はもちろん、ギリシャ神話からメソポタミアの神話、ユダヤの民話、世界をぐるりと一周してインドの神話伝説で締める。あらゆる民族の神話伝説を語る。

 書き出しは、「エデンの園」から始まる。最初の人間の堕落は、エデンの蛇に誘惑されたエバが、食べてはならない木の実を食べ、夫のアダムにも食べさせたことにある。

 いろんなタイプの蛇が本書にはうようよいる。八俣大蛇(ヤマタノオロチ)のように英雄に退治される蛇。人間の味方になる蛇。ギリシャ神話のヘラクレスと蛇を巡る物語。蛇に不死の水を盗まれる話。蛇と人間の駆け引き。蛇を食べたがゆえに、動物の言葉を理解する若者の冒険などさまざまだ。

 古代人は毒蛇などの危険な動物の力は、その像を造ることで、鎮めることができると信じていた。いわゆる蛇信仰であるが、髙橋氏は、その発祥の地はインドと見なしている。蛇は悪魔であり、神にもなるようだ。蛇は脱皮する所から不滅であり、永遠の命を持つとも考えられている。蛇には神により創造されたという面と神に呪われたという二面を持つという。

 蛇と人間が結婚する神話や伝説も数多く登場する。「蛇が女に化ける話―蛇女房」。「蛇が男に化ける話―蛇婿入り」などがある。いろんなバリエーションがあっておもしろい。琉球の旧暦3月3日の「浜下り」の由来もある。蛇は美女や美男に変身して異性をたぶらかすようだ。自分に近づく美女や美男には、気をつけねばならない。

 髙橋氏は蛇を語りながら、世界の文化史を解き明かしている。蛇への悪いイメージを払拭(ふっしょく)してくれた書物である。

 (おおしろ建・俳人)


 たかはし・しょうじ 1950年札幌市生まれ。80年~91年沖縄に移住後、99年に再移住。詩集「群島渡り」で山之口貘賞受賞。著書に詩集「昆虫の書」、散文集「イスラエル・ノート」など。