「仕事を休んでまで行かない」…困窮家庭、ワクチン接種のハードル高く コロナと格差<SDGsで考える 沖縄のモンダイ>


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 国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)を推進し、地域や社会をよくしようとする企業や自治体の活動が活発化してきた。一方、県内では多くの課題がいまだに解決されていない。SDGsの理念にある「誰一人取り残さない」「持続可能な未来」の実現へ必要なものは何か。連載企画「SDGsで考える 沖縄のモンダイ」は、記者が現場を歩いて現状を報告し、沖縄大学地域研究所と大学コンソーシアム沖縄の協力で、学識者に解決への道筋を提言してもらう。今月は、コロナ禍で生まれる健康格差や、コロナのために生活がさらに苦しくなる「コロナと格差」を世界にまで広げて考える。

■その日のことで手一杯

 経済的な事情で赤ちゃん用の粉ミルクを買えない世帯の支援を行う「共育ステーションつむぎ」(那覇市小禄)代表の髙良久美子さん(59)は、支援を続ける中で、新型コロナワクチンを打って「副作用が出て(休んで)も生活の保証がない」、「仕事を休んでまで接種に行かない」といったシングルマザーの声を聞いてきた。自らも夫を亡くし一人親として家庭を支えた経験があり、経済環境が厳しい世帯で「ワクチン接種が進まない心情は分かる」と気持ちを代弁する。

 家計を支えなければならない母親は「明日の食料を確保するのが第一」でダブルワークをこなすことも多い。朝7時に出勤し、帰宅は夜8時、9時にずれ込む。家事を終え、深夜の就寝もざらだったという自身の経験を振り返り「その日や明日のことで手一杯。ワクチンに関する情報に接するのも難しい」とおもんぱかった。

 子どもの命を守りたいとの気持ちは強く、「いつ、どこで必ず」と明示するなど義務性が高ければ受けるだろうが、あくまで任意となれば「後で、後でと延ばしがちだ」と話す。その日を乗り越えることで精いっぱいで、数日先の予定を織り込んだ「申し込みが必要なのも手間だ」と話す。

 本人や子どもの接種となれば、仕事を半日以上休むことになる。時給換算で数千円が減ることを意味し、経済面での影響は無視できない。
 

新型コロナワクチンの3回目接種のため開設された広域接種会場で並ぶ希望者ら=5日、那覇市若狭の那覇クルーズターミナル

 就業していない親の場合、接種後の副反応で体調を崩しても、代わりに子どもをみてくれる人がいないことが多いのもネックになるという。「その日食べさせることが精いっぱいの中で、どうしても優先順位は下がる」と、収入や時間が限られる中で接種を受けるハードルの高さを語る。
 

■検査キットは一つ

 県内の店舗で医療用抗原検査キットの販売に携わった看護師の女性(35)は、県内でオミクロン株による新型コロナウイルスの感染拡大がピークを迎えていた1月中旬、キットを買い求める20代前半と見受けられる男性の対応をした。

 妻が2日ほど前から発熱し、コロナに感染した可能性があった。妻の検査はまだだが、男性は職場から、出勤のために検査することを求められたのがキット購入の理由だった。

 男性も前日からせきなどの症状が出ていた。感染の可能性を考慮し対応場所を店舗の外に切り替えると、駐車中の車内で乳幼児を含む3人が待機していた。

 看護師は男性に、抗原検査では陰性確認ができないこと、症状があるならば検査結果にかかわらず家で静養した方がいいことを伝えたが、「仕事があるからなぁ」と気が進まない様子だった。家族全員に感染の恐れがあったが、男性は抗原検査キットを一つだけ買い、帰路に就いた。

 検査キットは一つ2千円弱。看護師は「家族分だと高く付く。自分の分だけでも買いに来ただけ、いいかもしれない」と振り返る。

 かつて母子世帯の訪問支援で訪れた家庭では、鼻をかむのに使うティッシュペーパーがなく、タオルを使い回していた。乳児が付けていたおむつは吸収できなくなるまで交換されないままだった。ウイルスは鼻水や排せつ物にも含まれるとされ、感染症対策には望ましくない環境だ。

 沖縄はもともと、1年を通じてインフルエンザが流行し、空気が乾燥する冬場に流行が集中する他県とは異なる感染動向を見せる。日常生活に追われ感染対策が十分でない可能性がある。
 

■受診ままならず

 県が本年度実施した0~17歳の子どもを育てる世帯調査「沖縄子ども調査」の暫定結果によると、過去1年間に子どもを医療機関で受診させた方がいいと思ってもできなかった経験は、全体で19.7%。困窮世帯に限ると32.4%と10ポイント以上多く、困窮世帯に受診控えがある傾向が改めて示された。

 看護師は「仕事が不安定で、子どもに少し症状があっても、誰かに預けて出勤せざるを得ないなど、休みづらい環境が背景にあるのではないか」と話す。困窮家庭を保健医療につなぐ必要性が改めて浮き彫りとなっている。
 

放置できぬ 健康の不公平
 高倉実氏(琉球大教授)

 

 健康のためには喫煙、過剰な塩分や脂質の摂取、運動不足といった直接的なリスクファクターの改善が必要だが、これらには根本的な原因がある。経済状況や孤立、ストレスといった社会的な要因で、それらがあると望ましい生活習慣を選択できない。そうして生まれるのが健康格差だ。資本主義では経済格差が生じるが、それが健康や命にまで影響していいのかという問題が公衆衛生での大きな課題とされてきた。

 世界保健機関(WHO)は2008年、社会的決定要因を通した健康の不公平性を減らすことを決議している。国も基本方針「健康日本21(第2次)」で健康格差の縮小を掲げ、生活習慣や社会環境の改善を指摘している。

 感染症はまさに「弱い者いじめ」で、社会的に不利な立場にある人たちは感染のリスクが高く、治療の機会も制限される。新型コロナウイルスについては多くの研究者が関わっていくつかの報告を出している。その一つ、日本におけるCOVID―19問題による社会・健康格差評価研究では「ワクチンを打ちたくない」と答えた人の7割が副反応を心配しており、若年層や女性、年間所得100万円未満といった人たちにワクチン忌避の割合が高かった(Okubo et al. Vaccines 2021;9:662)。

 沖縄でも、非正規労働など社会的に不利な立場にある人たちが、仕事を休めず副反応で動けなくなると困るからワクチンを打ちに行けない、といったことが起きているだろう。実態調査をして未接種者がどんな人なのかを可視化した上で、その集団に対して保健サービスを利用しやすくする、補償を付けるといったより手厚い対応が必要だ。

 この短期的な対応と並行して、貧困や孤立といった社会環境を是正しなければ根本的には解決しない。世界中が苦戦しているが、健康格差の解決には社会環境の改善が最重要だ。

 (疫学、公衆衛生学)

行政は新たな方策検討を

 沖縄の新型コロナウイルスワクチンの1回目接種率は、17日時点で全国で最も低い70.5%。特に若年層の低さが指摘されている。今回、医療や困窮世帯の支援に携わる人々へ取材をする中で浮かんだ課題が貧困問題だ。仕事が不安定な労働者は給与への影響を考えれば休みづらい。経営者側としてもコロナ禍で売り上げが減り、経営合理化が求められる中、従業員が数日休むことは痛手ともなるだろう。

 貧困と受診控えの関連はたびたびクローズアップされてきたが、無料にもかかわらずワクチン接種が伸び悩んでいることなど、コロナ対策にも影響を与える実態を、取材を通じて感じた。行政は若者の接種促進のため商業施設に接種会場を設けるなどしてきたが、新たなアプローチの検討の必要があるのではないか。

 

(知念征尚)

 SDGs(持続可能な開発目標)は2015年、国連サミットで採択された国際社会の共通目標。環境問題や貧困などの人権問題を解決しながら経済も発展させて持続可能な未来を創ろうと、世界中で取り組みが進められている。