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「くよくよしない。目の前のお客さんを」…「大和屋パン」金城さん、移ろう風景とこれからも<まちぐゎーひと巡り 那覇の市場界隈27>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
現在のかりゆし通り。軒を連ねる店舗も移り変わってきた=那覇市牧志

 Googleストリートビューを開くと、11年前に記録されたまちぐゎーの姿を見ることができる。スマートフォンの画面に表示される昔の姿と見比べると、風景の移り変わりを実感する。特にここ3年、牧志公設市場が建て替え工事に入り、コロナ禍も重なったことで、変化は加速した。最近オープンしたお店やリニューアルしたお店には、「OKINAWA」の文字を看板に掲げるお店が増えた。節目の時期を迎えて、沖縄らしさが改めて問い直されているようにも感じる。

売るのに懸命

大和屋パンを切り盛りする金城勝子さん

 春分の日を含む3連休。まちぐゎーを歩くと、市場本通りは大勢の観光客でにぎわっていた。通りの名前が市場中央通りに変わるあたりで、建設工事中の牧志公設市場があり、フェンスの向こうに青いタワークレーンがそびえ立っている。そのまま道を進んでいくと、「かりゆし通り」と看板が掲げられた細い路地が延びており、ここに「大和屋パン」というパン屋さんがある。創業70年近い老舗を引き継ぎ切り盛りしているのは、金城勝子さん(72)だ。

 3年前、『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』(本の雑誌社)を出版したときには、勝子さんにもお話を聞かせていただいた。本の出版後、2019年6月16日に牧志公設市場は一時閉場を迎え、午後7時から移転セレモニーが盛大に開催された。ただ、そのセレモニーの様子を、勝子さんは見ていなかったのだという。

 「あの当時だと、うちは午後8時まで営業していたから、見に行けないさ」と勝子さんは笑う。「それにほら、夕方になってくると、仕入れたパンが売れ残らないようにって必死だから。市場が建て替わるってことに対して、寂しいって気持ちはあったし、セレモニーをやっている音は聞こえてきていたけど、扱っている商品が生モノだから、見に行く余裕はなかったよ」

閉店も脳裏を

建設工事中の新たな牧志公設市場で作業をするタワークレーン=那覇市牧志

 一時閉場を迎えた半月後、仮設市場がオープンした。距離にしてわずか100メートルの移動だったけれど、人の流れは変わり、かりゆし通りを行き交う人の数も少なくなった。2020年の春に新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、大和屋パンも臨時休業を余儀なくされた。

 「最初にコロナがはやり出したとき、最初の2カ月はうちも休んだよ。でも、営業を再開してみると、お客さんの数が格段に減ってしまっていたわけ。商売というのは、休んだら駄目だなと思ったよ。お店がずっと閉まったままだと、久しぶりに来たお客さんが『つぶれたんだ』と思うわけよ。だからもう、あんまり休み過ぎないように気をつけているよ」

 コロナ禍の影響で、パンの売れ行きも落ち込んだ。仕入れる数を減らしているのに、それでも売れ残りが出てしまう日が増えた。赤字の日が重なり、お店を畳むという選択肢も脳裏をよぎったけれど、「やっぱり、ずっとおうちにいても退屈するから」と思いとどまったという。

 「こういう状況になって感じるのは、沖縄の人のやさしさよ。お店を再開して苦しかった時期に、パンを買いに来て『がんばってね』と声をかけてくれるお客さんが何名かいたのよ。売り上げは赤字だったとしても、お客さんの気持ちに助けられるってことが何度かあったわけよ。『1年ぶり、2年ぶりに来た』って声をかけてくれるお客さんもいたからね。お客さんを大事にすれば、パン屋に会いたいと思ってやってきてくれる人もいる。だからね、ただ売っていては駄目よ」

 お客さんと談笑しながらパンを売る祖母の姿を見て育った勝子さんは、1996年に叔父から大和屋パンを引き継いでからというもの、「相手を喜ばす」ことをモットーに商売を続けてきた。そのおかげか、定期的に会いにきてくれる常連客がいる。また、近所に昼間から営業する居酒屋が増えたおかげか、酔客が翌朝のパンを買って行ってくれることも増えた。

 「ここに座っていると、退屈しないのよ」と勝子さん。「常連のお客さんがきてくれたら話し込んだり、お客さんが帰ったら今度は食パンを切ったり、レキオを読んだり。もう、一日があっという間。それは楽しいことじゃない?」

くよくよしない

大和屋パンの店内に並ぶ多様な種類のパン

 かりゆし通りにはかつて、総菜屋さんが軒を連ねていた。お昼時には大勢の買い物客でにぎわい、お彼岸の時期になると重箱に詰める料理を買い求めるお客さんであふれ返っていた。だが、牧志公設市場が建て替え工事に入る前に総菜屋さんは姿を消し、界隈には居酒屋が増えている。風景が移り変わることを、勝子さんはどう感じているのだろう?

 「古いお店が少なくなるのは、やっぱり嘆かわしいさ。ただ、私は楽天的な考えだから、心配するのは好きじゃないわけ。楽しく考えるっていうのが一番大事。市場が建て替わると聞いたときも、最初は寂しいと思ったよ。でも、人間って生きていくのに必死だから、くよくよしたくないのよ。先のことを考えたってしょうがないし、目の前にいらっしゃるお客さんを大事にすることしか考えんわけ」

 まちぐゎーの風景は、これまでも移り変わってきたし、これからも移り変わっていく。僕も勝子さんの心持ちを見習って、みだりに悲観もせず、まちぐゎーを歩き続けたいと思っている。

春分の日、行き交う人々でにぎわう市場本通り=21日、那覇市松尾

(ライター・橋本倫史)

 はしもと・ともふみ 1982年広島県東広島市生まれ。2007年に「en-taxi」(扶桑社)に寄稿し、ライターとして活動を始める。同年にリトルマガジン「HB」を創刊。19年1月に「ドライブイン探訪」(筑摩書房)、同年5月に「市場界隈」(本の雑誌社)を出版した。


 橋本倫史さんの「まちぐゎーひと巡り」は、今回で最終回です。橋本さんは今後も取材を続け、フリーペーパー『まちぐゎーのひとびと』を毎月発行する予定です。配布場所は「市場の古本屋ウララ」などを予定しています。

 

(2022年3月25日琉球新報掲載)