「差別や偏見って心の中で思うだけでもだめなんですか」と聞かれたことがある。一瞬、たじろぐ。心を縛ることは誰にもできないから…だけど。
本書は、2005年に発足したハンセン病市民学会に設けられた部会の一つ「教育部会」のメンバーを中心に、ハンセン病問題に取り組んできた42人によって編まれた。多くのページを割いているのは中学・高校生向け授業における問いの立て方と、小学生などを対象とした授業実践例。初めてハンセン病問題に触れる子どもたちと何をどう共有するかは、「ハンセン病に罹(かか)って差別されたかわいそうな人たちの歴史」という学習に陥るか否かの分岐点だ。ほかに、ハンセン病隔離政策の違憲性を問うた二つの裁判の意義や、ハンセン病問題からコロナ禍をどう捉えるかが論じられ、最新の情報が盛り込まれた一冊になっていることも特徴である。
20代の男女9人が、中高・大学時代に出合ったハンセン病問題と自分やお互いを語り合う第2章も注目したい。療養所で回復者と初めて触れ合ったときの戸惑い、「ハンセン病の歴史とか差別の歴史を前にすると、なんかそれらしいことをいわなきゃいけない雰囲気を感じて」療養所へ行けなくなってしまった体験。しかし療養所で役割を得たり居場所を見いだしたりする中で、「私が必要だっていう実感」を得る。ハンセン病問題を知ることで人権意識が研ぎ澄まされ自分の中に「軸」が生まれていく。そして回復者と交流した経験を、将来、愛する人に「自分を形作る大切な一部として語れる日が来たら」と願う。
回復者16人の人物コラムとハンセン病家族の語りも収録されているが、亡くなられた方も多い。心震える当事者との出会いに背中を押され、生き抜いた命に学びたい、伝えたい。それは「ハンセン病の正しい知識を教えたい」のとは違う。
だめではないです、でも。回復者とその家族、この42人に、本書で出会ってみてほしい。そしてもう一度、話しませんか。
(吉川由紀・ハンセン病問題ネットワーク沖縄)
ハンセン病市民学会教育部会 2005年創設。年1回、全国のハンセン病療養所で合宿を行い、学習交流会を開催してきた。教員による実践報告だけでなく、入退所者、弁護士、学芸員らが参加している。