第3次世界大戦の危険 ロシアとリトアニア緊迫<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 キーウ郊外のブチャ市で大量の民間人の遺体が発見された事件で、ロシアに対する国際的な包囲網が強まっている。しかし、筆者が5日に電話でロシアの政治学者兼与党幹部(非議員)から聴取したところでは、ロシア人の受け止めはだいぶ異なる。

 この政治学者は、筆者が外務省研修生としてモスクワ国立大学に留学したときの同級生で、35年付き合っている親友だ。この政治学者が筆者に意図的にうそをつくことはない。

 「ブチャ事件で一般国民は、西側の謀略戦に対する警戒感を強めるようになった。この事件は西側諸国の思惑に反して、ロシア人を結束させることになった。一般民衆(ナロード)は、プーチン大統領とウクライナでの『特別軍事作戦』を支持している。政権に対して厳しい評価をするロシアの独立系調査機関レバダセンターが3月に実施した世論調査で、プーチン大統領の支持率が83%になった、これは4年ぶりの高い水準だ。不支持は15%に過ぎなかった。2月の調査でプーチンの支持率は71%だった。プーチンの権力基盤は盤石で、経済制裁を強化すれば大衆反乱によって政権が瓦解(がかい)するという西側の期待は幻想である」というのがこの政治学者の見立てだ。

 筆者が、「5月9日の対独戦勝記念日までにロシア軍がドネツク州とルハンスク州を実効支配することは可能か」と質問したのに対して、この政治学者は「『ルガンスク人民共和国』の領域全体の実効支配を確保することはできると思う。他方、『ドネツク人民共和国』に関しては無理だ。現時点でウクライナ軍は約9万人(民兵を含む)をドネツク州に投入している。『人民共和国』側が実効支配しているのは50%強に過ぎない。残りの地域にウクライナ側は大量のコンクリートを運び込み、要塞(ようさい)化を進めている。ウクライナ軍を『ドネツク人民共和国』から完全に排除するためには、少なくとも2カ月はかかる」と答えた。

 今後も、ロシアとウクライナの軍人、民兵、一般市民の命がたくさん奪われることを思うと憂うつな気持ちになる。

 ウクライナ・ロシア間の和平交渉についても、この政治学者の見方は悲観的だった。なぜなら「ゼレンスキーは、米国の操り人形で、交渉主体となり得ない。米国の戦略は、ウクライナにできるだけ大量の武器を送り込み、ロシア人とウクライナ人の殺し合いを長引かせることだ。それによってロシアの国家体制を弱体化させることを考えている」からだ。

 最も興味深かったのは、ロシア西部の飛び地でリトアニアとポーランドに囲まれたカリーニングラード州情勢に対するこの政治学者の見方だ。

 「今後、最も緊張が高まるのは、リトアニアとの関係だ。リトアニアはロシアとの陸上国境(飛び地であるカリーニングラード州)を閉ざそうとしている。これは協定違反であるとともに、ロシアの西方面における安全保障上の死活的利益と直接抵触する。リトアニアがカリーニングラード州を陸上封鎖しようとするならば、ロシアは力でそれを阻止することになろう。NATOは試練に直面することになる」

 リトアニアはNATO加盟国だ。ロシアがカリーニングラード州の陸上交通路を確保するために「平和維持」の目的でリトアニアに兵士を派遣すれば、そこからロシアとNATOの武力衝突に発展する危険がある。そうなると地域戦争を超えた第3次世界大戦がヨーロッパで始まることになる。

(作家、元外務省主任分析官)