西欧系人骨 南城の古墓群に 1400~1600年代、風葬か


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石厨子内にあった(左から)沖縄を含む日本由来、西ヨーロッパ由来、朝鮮半島由来の人骨(松下孝幸氏提供)

 【南城】南城市玉城富里にあった風葬墓「神(かん)座(ざ)原(ばる)古墓群」の調査をしている土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアム(山口県)の松下孝幸館長らの研究チームは20日、同市役所で会見した。古墓群から出土した骨を納める納骨堂の古い人骨78体を調査したところ、西ヨーロッパ・中央アジア由来と朝鮮半島由来のDNAを持つ人骨2体があったと明らかにした。人骨はグスク時代後期から琉球王朝前期(1400~1600年代)にかけてのもので、西ヨーロッパ・中央アジア由来の人骨が確認されたのは県内初とみられる。

 放射性炭素年代で分かった人骨の時期は、琉球王朝時代やそれ以前の海外と交易していた時期に重なる。

 松下館長は「当時の琉球人はモノによる交易だけではなく、異国の人を排除せずに受け入れ、家族を形成するなど、多様性のあるコミュニティーを形成していたと思われる」と話した。

 神座原古墓群は1992年に商業施設の建設などによって取り壊され、人骨はその後、JAおきなわ玉城支店近くに建てられた2基の納骨堂に納められた。松下館長らは2019年、納骨堂の管理者から依頼を受けて研究チームをつくり、市教育委員会と協力して78体を調査した。

 海外由来の2体の人骨は、沖縄を含む日本由来の人骨と一緒に石厨子に入っており、3体とも30~50代の成人男性とみられる。ミトコンドリアDNA分析で調査したところ、それぞれ母系の系譜が異なることが判明した。放射性炭素年代の測定によると、日本由来の人骨は1477~1642年、朝鮮半島由来は1458~1530年だった。西ヨーロッパ・中央アジア由来は測定不可能だったが、松下館長は「ほかの2体と同様の保存状態だったことから同年代とされる」とした。

 西ヨーロッパ・中央アジア由来の人骨が見つかったことを受け、県立埋蔵文化財センターの片桐千亜紀主任専門員は「DNAの分析でヨーロッパ由来の人骨が見つかったのはこれまで聞いたことがない。日本本土でも珍しく大変興味深い。琉球式の風葬で葬られていることから、ヨーロッパ人だったとすれば、当時の村社会で受け入れられ、良好な関係を築いていたと思う」とした。(金城実倫)