韓国・尹大統領誕生と東アジアの安全保障 日韓米関係そして沖縄への影響は


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠
大統領選に当選して記者会見する尹錫悦氏(聯合=共同)

 韓国で保守派政党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が5月10日、第20代大統領に就任した。尹氏は就任に先立ち4月24〜28日に政策協議代表団を日本に派遣した。自らの親書を岸田文雄首相と面会した代表団に託すなど、日韓関係の改善に積極的な姿勢を見せている。政権交代を果たした隣国の保守派新政権のこれからの5年間で、日韓関係、東アジアの安全保障環境、そして沖縄に関連する動きはどのような変化を迎えるだろうか。沖縄の視点から見えてくる韓国の政治、社会のポイントを整理してみたい。(ジャーナリスト・李真熙)

基地なき未来を追求 復帰50年新報・毎日シンポジウム

韓国大統領選で勝利し、支持者の前で拳を突き上げる「国民の力」の尹錫悦氏=ソウル(聯合=共同)

尹氏の当選で変化する日韓関係の枠組み

 大統領選挙は3月9日に投開票された。77.1%という高い投票率の中、大接戦の末に最大野党「国民の力」の尹氏(元検察総長)が1639万4815票を獲得し、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)前京畿道知事に競り勝ち、当選した。得票率は尹氏が48.56%、李氏が47.83%で、その差はわずか0.73ポイント(24万7077票差)だった。

 韓国の聯合ニュースなどが報じたところによると、尹氏は当選が確定した3月10日、自宅からジョー・バイデン米大統領と電話会談し「北朝鮮が年初から(弾道ミサイル発射実験などの)挑発を繰り返している」として、韓米協力をより強固にする必要性と、朝鮮半島情勢へのさらなる関心を訴えた。

 尹氏は11日には岸田首相と電話会談した。東日本大震災から11年目となることに触れ、「東北地方の犠牲者とご家族、被害を受けた全ての方々に深い慰めの言葉をお伝えする」と述べた。また尹氏は「韓国と日本は北東アジア安保と経済繁栄など今後、力を合わせなければならない未来課題が多いだけに両国友好協力増進のため共に協力していこう」と呼びかけ、日韓米での連携を一層強化することにも期待を示した。尹氏は選挙期間中に、当選すれば米・日・中・北朝鮮の順番で各国の首脳と会談したいと述べていた。
 

韓国の政策協議代表団から表敬を受ける岸田首相(右端)=首相官邸(内閣広報室提供)

 保守派の朴槿恵(パク・クネ)元大統領を弾劾・退陣に追い込んだ2016年の「ろうそくデモ」や進歩派・文在寅(ムン・ジェイン)政権の誕生などをソウルで見届け日本語で発信してきたジャーナリストの徐台教(ソ・テギョ)氏は、次の尹政権下で見えてくるのは「そろばんを弾いたときにマイナスにはならない日韓関係」だとして、安全保障環境への対応などでアメリカをてこにして、両国の関係が改善する可能性があると話す。

 日韓関係は近年、植民地期に朝鮮半島から労働力として日本に動員された元徴用工らへの補償を巡り摩擦が続いてきた。韓国の大法院(最高裁判所)は2018年10月、日本製鉄(当時の新日鉄住金)に対する賠償命令を確定。11月には三菱重工業にも同様の判決を下した。これに対する事実上の対抗措置として、日本政府は当時の安倍晋三首相のもとで19年7月、半導体の製造などに使われる化学製品の韓国への輸出制限を決めた。同年8月には文在寅政権が日本との秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)を破棄すると通告した。(アメリカの働きかけで韓国は失効直前に通告の効力を停止して協定を維持した。)

 関係は現在「最悪」とも言われるほどもつれているが、2022年に入り経済面では関係改善の兆しもある。日本、中国、ASEAN各国など15カ国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)協定が2月1日に韓国でも発効した。日韓初となるこの自由貿易協定(FTA)で将来的には双方で輸入品の値下げなどが見込まれている。

 ここにきて歴史、経済に加えて安全保障の議論が活発化すれば「3トラック(路線)となり、歴史問題(の比重が)が相対的に小さくなる」と徐氏は話し、日韓関係の枠組みが変化する要因になると指摘した。

米軍の高高度防衛ミサイル(米国防総省)

沖縄」に言及した安哲秀候補政権与党に合流

 大統領選挙終盤に尹氏と候補者一本化で合意した中道派野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)代表(当時)は3月13日、「政権引き継ぎ委員長」に就任した。政権引き継ぎ委員会には「外交・安保」を含む7つの分科委員会があるが、安氏は国民統合委員会、コロナ非常対応特別委員会、地域的均衡発展特別委員会で委員長を兼任し内政に向き合う構えをみせた。

 その後、安氏が率いる「国民の党」は4月18日に次期与党「国民の力」に合流した。また安氏は5月6日に、国会議員補欠選挙(6月1日投開票)への出馬を正式に表明した。同選挙の結果、安氏は政権与党所属として初当選した。通算では3度目の当選となる。

 安氏は選挙期間中のテレビ討論会で、在沖縄米軍を活用した韓米の「核共有」を掲げていた。「グアムや沖縄にあるものを利用できる核共有協定」を韓米間で結び、朝鮮半島に核を持ち込まなくても理想的な安保体制が築けると主張したが、その中身は沖縄の実情への無理解が目立った。

 一方の尹氏は選挙期間中、「北朝鮮への先制打撃能力を確保することで戦争を防ぐことができる」と発言したほか、高高度防衛ミサイル(THAAD)の追加配備や、韓国軍が独自に運営するミサイル包囲網を構築する姿勢も見せた。

 進歩派の文在寅政権は南北融和のビジョンのもと、積極的に「関与」することで北朝鮮を長期的に変化させようとした。その中に非核化を位置づけていた。これが尹政権では「圧迫」に近い対応に転換することになる。

 

韓米合同訓練(2015、韓国国防部)

 韓国メディアによると、韓米は朝鮮半島に戦略爆撃機を展開する共同訓練「ブルー・ライトニング」の再開を検討中だ。文政権下では、2018年5月の同訓練は、6月12日の米朝首脳会談を前に緊張を招く恐れがあるとして、韓国が参加を取りやめ、日米のみで進行した経緯がある。グアムのアンダーセン空軍基地を離陸したB52H戦略爆撃機が沖縄付近で日本の防空識別圏に入り航空自衛隊のF2戦闘機と合流して訓練した。

 今後は米軍との合同軍事訓練も拡大する可能性もある。その場合、沖縄の米軍基地の位置づけがどう変化するか、その影響も懸念される。

 尹政権での駐日大使には尹徳敏(ユン・ドンミン)元国立外交院長が内定したと聯合ニュースなどが報じた。尹徳敏氏は共同通信に対して、沖縄の住民が犠牲を強いられているとした上で、北朝鮮の脅威がある以上は韓国にとって在沖米軍はますます重要で「基地が地域の安定と均衡、繁栄を保つ根拠となっているのも事実だ」と話している。

済州島の漢拏山(ハルラサン)

■沖縄と共通性もある、歴史の傷跡抱える南の島と沈相奵氏

 進歩・保守の巨大両党が激しく競り合う選挙に第3勢力として挑んだのが革新系野党「正義党」の沈相奵(シム・サンジョン)氏だ。沈氏は唯一の女性候補でもあった。80万3358票を獲得し、得票率が全国で2.37%にとどまる中、地域別(市道別)では3%を超えた道がひとつだけあった。韓国最南端の島々からなる済州(チェジュ)特別自治道だ。3.35%を記録した。

 済州島は温暖な気候と海岸が人気のリゾート地。韓国最高峰の漢拏山(ハルラサン)(1947メートル)がある火山島だ。沖縄との共通性が話題になることもある。1969年には、沖縄で日本復帰に向けた動きが加速する中、在沖米軍基地を済州で受け入れる案を韓国政府が出したこともある。また1988年には在フィリピン米軍基地の移転候補地としても持ち上がった。

 選挙期間中(2月15日〜3月8日)に最も早く済州入りしたのが沈氏だった。

 沈氏は観光産業と環境保護を両立させる方針を掲げ「過剰な観光ではなく適正な観光の時代を通じて済州らしさを維持することが済州の未来であり競争力。済州道民の78%が望んでいる環境保全寄与金・グリーン入島税を導入し、生態系を守り、よりよい生活を保障する大統領になる」と支持を訴えた。

 住民の賛否が分かれる第2空港建設計画については、建設反対派が優位となった世論調査に触れ「第2空港問題のために済州島が二分され多くの苦労をしている。だが道民は白紙化で結論を出した」として、建設推進を掲げる尹氏を批判した。また「済州島の未来、生活は済州道民が決定するのではないだろうか。道民の決定を中央政府は支援する義務がある」と強調した。

 済州には韓国現代史上最大の悲劇「4・3事件」の傷跡も残る。米軍政下の1948年4月3日、南北分断を決定づける韓国での単独選挙に反対した350人ほどの住民が「南北同時選挙の実施」「米軍政の拒否」などを求めて武装蜂起。これに対して米軍と韓国政府(48年8月発足)が弾圧に乗り出し、1954年までの7年間に島民の1割にあたる約3万人が犠牲となった。この時期には朝鮮戦争(1950〜53年)も重なっている。

 漢拏山のふもと麓には「済州4・3平和公園」が広がる。沖縄の平和祈念公園を参考に造成されたといわれる。4・3平和公園は国家暴力による犠牲者を追悼する歴史教訓の場所として国家予算で運営されている。

 沈氏は遊説で「4・3を『4・3抗争』と正確に命名して歴史を正す大統領になる」とし「補償の概念を賠償の概念に変えて国家の責任を果たす」とも公約した。

 一方、尹氏も犠牲者の補償には前向きな姿勢を見せている。毎年恒例の4月3日の追悼式には、保守派大統領(当選人)として史上初の参加を果たした。

 歴史をはじめとした独自性や、過剰な観光開発の課題が指摘される済州に、尹新政権下でどのような変化が生まれるのか注目したい。

韓国大統領府の青瓦台

■韓国・沖縄の米軍基地返還と東アジアの安全保障

 尹新大統領が当選直後から押し進めたのが大統領執務室の移転だ。尹氏は3月20日、青瓦台の執務室をソウル中心部に位置する龍山区の国防部庁舎に移転する方針を発表した。青瓦台は市街地や他の官庁、汝矣島(ヨイド)にある国会議事堂から離れた北岳山の麓に位置するため、以前から市民生活と隔絶した環境だと問題視されていたことが背景にある。

 国防部庁舎の目の前には米陸軍龍山(ヨンサン)基地が広がる。広さはサッカーコート約280個分に相当する。尹氏は移転表明に先立ち「周辺の米軍基地の返還が順次予定されている。迅速に龍山公園を造成し、国防部庁舎を執務室として使い、国民との共感・疎通を実現する」と、基地返還地の公園化をアピールしていた。

 韓国メディアによると、2022年の返還予定地は約50万平方メートルで全体の25%に当たるという。ただ、返還地の環境汚染の浄化費用の負担を巡り韓米当局は合意しておらず、先行きは不透明だ。龍山基地では2015年までの25年間に80件以上の油類流出事故が発生している事故のうち約2割は米軍基準で「最悪」とされる千ガロン(約3785リットル)以上の 流出。米軍基地の返還地を巡っては、沖縄でも米軍普天間飛行場などで燃料流出がたびたび起きており、問題になっている。

北朝鮮との国境にも近いソウル市内の米軍龍山(ヨンサン)基地

 龍山基地返還地の公園化は、かつての進歩派・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権から構想が始まっている。2006年8月に当時の盧大統領は公園建設計画を記念する式典で「龍山には過去124年間、中国と日本を含む外国軍隊が駐留した悲痛な歴史がある。日本の植民地支配からの解放後は米軍が駐留し、韓国の国防のよりどころとなってきた」と述べ、公園化は新しい時代を開く象徴的な意味を持つと訴えていた。

 今回、5年ぶりの政権交代で韓国社会は二分され、保守への大きな振り戻しがあったかのようにも見える。だが、基地返還地の公園化の例が示すように、韓国の政治には保革を超えた共通の目標があるのも事実だ。18年4月に約10年半ぶりに開かれた南北首脳会談では、朝鮮戦争の休戦協定を「平和協定」に転換することや「核のない朝鮮半島」を実現する共通目標を記した共同宣言が発表された。国民の94%がこの会談を肯定的に評価した。韓国の人びとが潜在的には朝鮮半島の平和を望み、その心を共有していることは覚えておきたい。

 沖縄では5月15日、岸田首相が沖縄復帰50周年記念式典で、返還予定とされている米軍キャンプ瑞慶覧の一部敷地(「ロウワー・プラザ住宅地区」、約23ヘクタール)を日米が返還されるまでの間、緑地公園として共同使用する方針を明らかにした。返還は2024年度以降の予定とされている。

 米軍基地の返還と跡地利用が政治的にアピールされる一方で、東アジアの安全保障環境はロシア軍のウクライナ侵攻の影響も指摘され、緊張が続いている。日韓米の3カ国の思惑が交差する中で、在韓・在沖米軍の役割が一層強まる可能性もある。そのような国家間の論理に対し、共通の課題を抱える沖縄と韓国の人びとのさらなる交流がいま求められているのかもしれない。

 
 

 

李真煕(り・まさひろ) ジャーナリスト、日本外国特派員協会会員。東京大学大学院で社会情報学修士号取得。琉球新報記者などを経てフリーランスの記者となる。三重県出身。

【関連ニュース】

▼土壇場で野党一本化に合意、尹氏が優位か

▼韓国選挙戦スタート、保革激突 「経済」VS「政権交代」

▼安倍氏「核共有議論」何が問題か(沖縄対外問題研究会代表・我部政明氏)

▼北朝鮮ミサイル、ウクライナ侵攻のスキ突いたか

▼北朝鮮、弾道ミサイル発射 今年9回目

▼ロシアのウクライナ侵攻、沖縄への影響は?(金成浩・琉大教授)