米国の対ロ政策に変化 停戦の動き本格化の兆し<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 今月に入ってから、米国の対ロ政策に変化の兆しがある。バイデン米大統領が、ロシアのプーチン大統領を排除する必要があると述べなくなった。オースティン米国防長官も「再びウクライナを侵攻することができないようにするくらいロシアを弱体化する」という発言を差し控えるようになった。バイデン大統領は、ロシアとの交渉による解決を口にするようになった。

 興味深いのが3日の「ワシントン・ポスト」に掲載されたバイデン氏の発言だ。<記者「和平を達成するためにウクライナは領土を諦めなくてはならないか」/バイデン「私は当初から、ウクライナに関しては同国が参加することがなくして、何かを決めることはできないと繰り返し述べている。あそこはウクライナの人々の土地だ。私は彼らに何かしろとは言えない。ただし、いずれかの時点で紛争は交渉によって解決されなくてはならない。そこに何が含まれるかについては、分からない」>

 ウクライナが了承するならば、同国の領土保全にはこだわらないというニュアンスが読み取れる。

 ロシアは米国のシグナルを見逃していない。クレムリン(ロシア大統領府)が諸外国にシグナルを送る時に使う「第1チャンネル」(政府系テレビ)の政治討論番組「グレート・ゲーム」(6日深夜[モスクワ時間、日本時間7日早朝]放送)で、モスクワのスタジオから出演したドミトリー・サイムズ氏(米共和党系のシンクタンク「ナショナル・インタレストのためのセンター」所長、ソ連からの移住者で米国籍を持つ)が、米国の対ロ政策が変化している理由についてこう述べた。

 「第1の要因は、戦局が変化してきたことだ。残念ながら、現時点では、西側連合の交渉スタンスとの関連では、この要因が決定的に重要だ。第2の要因は、世論調査の結果だ。メディアでは有識者たちが、ロシアとの紛争に関して、より抑制的な対応ができるのではないかと議論している。これはバイデン大統領と民主党に好感を持つ人々だ」

 「この人たちは、ドナルド・トランプ前大統領のことをとても恐れている。この人たちは世論調査の結果を見ている。米国の有権者の中でウクライナ戦争というテーマが優先度を持っていると考える人は3%だ。しかし、米国人の主要な利害関心はインフレだ。インフレによって米社会が破壊されている。商品が不足している。米国の国境を防衛する資金がない。米国の有権者にとって、またバイデン大統領や民主党を支持する人たちにとっても、ウクライナに提供する400億ドルは、関与しすぎだと見なされている。それによって米国の国内的利益が毀損(きそん)されている」

 ちなみにサイムズ氏はホワイトハウスとクレムリンの双方から信頼されている。現下の米ロ関係で最も重要なロビイストだ。5月までウクライナ戦争が長引くことは、ロシアを弱体化することができるので米国にとって有利だったが、ウクライナのルハンスク州とドネツク州でロシア軍の攻勢が強まっている状況で、戦争の長期化がバイデン政権にとって不利益をもたらすという認識が急速に高まっている。

 「グレート・ゲーム」では、朝鮮戦争の処理に習って米国は平和条約を締結するのではなく、停戦による紛争の凍結で、ウクライナの一部地域がロシアに置かれることを容認する代わりに、対ロシア制裁は解除しないというシナリオを考えているとの見方が示された。いずれにせよドネツクでの戦闘の推移によっては、停戦の動きが本格化する可能性がある。

(作家・元外務省主任分析官)