太平洋戦争中、日本海軍第14期生の特攻隊員として生き残った、茶道「裏千家」の前家元、大宗匠・千玄室(せんげんしつ)さん(99)が18日、航空自衛隊那覇基地で亡き戦友らをしのぶ「お茶湯(ちゃとう)の儀」を開き「戦争が二度と起こらないよう、和やかな世にしたい」と願った。慰霊祭は海軍第14期遺族会の主催で、特攻隊員の遺族らも出席した。
同基地内にある、海軍飛行専修予備学生第十四期会が建立した石碑「同期の桜」の前で、千さんは点てたお茶をささげ、遺族らと共に献花した。梅雨の合間に広がった快晴の下、遺族らを前にした千さんは「77年前は(特攻機が飛べないよう)雨が降らないかな、雲がかからないかな、と毎日願っていました」と語り始めた。
1943年、大学2年だった千さんは海軍に入隊後、45年に徳島航空隊で特攻隊に編成された。仲間の求めで開いた茶会で、「千よ、生きて帰って来たらおまえの茶室で本物の茶を飲ませてくれ」と声を掛けられた時、「俺たちはもう帰れない。この一碗が最後になる」と胸が締め付けられたという。待機命令を受けて出撃しなかった千さんは、亡くなった同期に思いを寄せ「どうして死ななければならないのかという気持ちが本音だった。それでも沖縄を救い、家族を守る。俺たちが戦うことで安らかな日々が早く来るようにと願っていた」と、当時を振り返った。
戦後、茶道文化を通して平和を伝えるため、ウクライナのキーウを含め世界72カ国を約400回以上回ってきた千さんは、毎年、講演などで沖縄に訪れている。23日に控える慰霊の日に触れ、「内地でも原爆などの仕打ちを受けたが、沖縄では多くの方々が亡くなり、多大な犠牲を出した。内地の人は沖縄への思いをより強く持ってほしい」と願った。
海軍第14期遺族会によると、14期生として任官した約3300人のうち戦死者は特攻隊160人、要務要員250人の計410人だという。
(嘉陽拓也)