広河隆一氏の写真展中止を巡る背景とは 性暴力許さない意識が社会に拡大


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
(左から)宮城公子・沖縄大教授、高良沙哉・沖縄大教授

 写真誌「DAYS JAPAN」の元発行人でフォトジャーナリストの広河隆一氏が那覇市民ギャラリーで開催を予定していた写真展が中止された。広河氏は2018年に性暴力を受けたと複数の女性が証言した報道があり、問題が解決していない中で活動を再開することに女性団体などから反対の声が上がっていた。

 背景には近年、性暴力を告発する「#MeToo」の動きやフラワーデモの広がりで、女性の人権が十分に守られていないことへの理解が広がってきた経緯がある。一方、憲法で保障された「表現の自由」のはざまで、会場側が難しい対応を迫られる形となった。

 広河氏の性暴力を巡っては、被害を受けたというデイズジャパンの元アルバイト、アシスタントらの証言が報道され、同社は有識者による検証委員会を設置。報告書は深刻な性被害やセクハラ、パワハラが多数あったことを認定した。

 広河氏は一連の問題に対する見解を3月にネット上で公開。取材に「自分の中で結論には至っていない。引き続き向き合いたい」と述べた。中止決定後、那覇市民ギャラリーは「主催者である広河氏と協議した結果、隣接する他の展示室や施設に著しい混乱を来すことが予想されるため」と理由を示している。

 宮城公子沖縄大教授(比較文化・ジェンダー学)は広河氏がネットで公開した見解に対し「現在の性暴力に対する社会の視点の変化からは、あまりにかけ離れた認識だ」と指摘する。

 広河氏は女性たちに謝罪したい意向を示しているものの、明確な暴力がなかったことなどを挙げて「性暴力」と断じた週刊誌報道に疑問を示している。

 宮城教授は「フラワーデモの広がりで、無罪とされた性暴力事件が有罪になることが続いた。男性中心の法曹界にも意識の変化が見られかけている。刑法改正も十分ではないが進み、性暴力による、被害者の痛みに寄り添う形に変化している」と語る。

 刑法について「権力関係があれば暴行や脅迫がなくても性暴力は行われる。明確な同意がなければ性暴力だと認めるよう改正すべきだ」と指摘。広河氏を「性暴力を正面から認めないまま活動を再開すれば、被害者を二重に傷つけることになる」と批判した。

 一方で憲法21条は表現の自由を保障する。展示会を開く側、抗議する側の双方の権利が対立する難しい状況で中止が決まった。その前段に性暴力という人権侵害があったことを検証委員会が認定している。高良沙哉沖縄大学教授(憲法学)は「会場側は展示内容に踏み込んで制約しなかった点は妥当だが、広河氏が引き起こした問題を理解した対応が可能だったのではないか。『混乱を避ける』という理由では今後、表現活動を制約するさまざまな場面で(中止の理由として)使われる恐れがある」と指摘する。

 ただ「人権を傷つけられた被害者が声を上げていることを軽んじてはならない。社会的影響力の大きい表現者が性的同意を狭く捉え、自らの性暴力を矮小(わいしょう)化する見解を示している。その中では、表現活動が制約を受ける状況が生じることは考えられる」と述べる。

 また展示を予定した会場が沖縄だったことに、宮城教授は「新基地建設に反対しても、日米両政府に聞き入れてもらえないのが沖縄だ。性暴力に傷つけられ、面と向かって声を上げられない人たちと構造的に重なる」と指摘。「そういった場所で活動を再開しようとしたことは沖縄に向けられた暴力性とも考えられる」と強調した。

 高良教授は抗議の声が広がったことを「被害者に寄り添い、性暴力を許さない気持ちを持つ人が増えている表れだ。前向きに捉えられる動きだと思う」と述べた。
 (宮城隆尋)