<ゴルバチョフ氏死去>平和と発展、沖縄の手で 自己決定権求める遺志継ぐ 新垣毅・琉球新報社編集局報道本部長


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ゴルバチョフ氏の執務室入り口中央に飾られた来沖時の写真。カンカラ三線を持った女の子を満面の笑顔で抱く同氏=9月、モスクワ

 1枚の写真が故ゴルバチョフ氏の沖縄への強い思いを雄弁に物語る。2019年9月、ロシアのモスクワにゴルバチョフ氏を訪ねた時に目の当たりにした。執務室入り口には、レーガン、ブッシュら米大統領、サッチャー英首相など世界の名だたる指導者と撮った写真を脇に、真ん中に大きく飾った写真には、カンカラ三線を持った女の子を抱いて笑顔いっぱいのゴルバチョフ氏が写っていた。沖縄訪問時に収めた写真だ。最も大切にしている1枚だという。

 握手した手は厚く温かかった。インタビューに答えた際の目や表情は、人を包み込むような寛大で揺るぎない信念を感じさせた。一言で言えば「人類のおやじ」という印象だ。今でも脳裏から離れない。

 沖縄に核兵器が持ち込まれている可能性に触れると、通訳を遮り、身を乗り出した。自身がレーガン米大統領と締結した中距離核戦力(INF)廃棄条約が破棄され、再び核開発競争が激化している新冷戦に突入し、沖縄に核弾頭搭載可能な中距離弾道ミサイルを米国が配備する計画があることを既に知っていた。

 沖縄が日本に復帰した1972年以降、89年に終結する冷戦時代に至るまで、米国の核兵器が沖縄に存在するとの情報を把握しているかと問うと、レーガン米大統領の言葉を引用し「信用せよ、されど検証せよ」と答えた。復帰後の沖縄の非核化に疑念を示唆し検証の必要性を提起した。周辺には沖縄に核が持ち込まれているのは間違いないと漏らし、心配していたという。「(沖縄の)皆さんの平和のための闘い、軍事基地への対抗は尊敬すべきものだ」と強調していた。

 「世界には人間の命より大切なものはなく、あるはずもない」。沖縄の「命(ぬち)どぅ宝」に共通する信念を基に、ロシアがウクライナを侵攻した2日後、「一刻も早い戦闘行為の停止」を求める声明を出した。母と、妻の故ライサさんはウクライナ人だ。戦争長期化にさぞ心を痛めていたに違いない。

 3度訪問した沖縄に与えた影響は計り知れない。「イデオロギーよりアイデンティティー」を唱えた故翁長雄志前知事は、東西冷戦を終結に導いたゴルバチョフ氏を尊敬し、沖縄の保革分断を終わらせたい信念の糧にしていた。2度目の来沖の際、都内のホテルで出迎えた翁長氏が「ずっと尊敬しており、恋人に会えた気持ち」と歓迎すると「今でも同じ気持ちですよね」と答えた。翁長氏が死去した際には「この悲しみを沖縄県民の皆さまと分かち合いたい」との弔電を送った。

 3度の沖縄訪問でゴルバチョフ氏の言葉に感銘を受けた県民も多いに違いない。首里城焼失時も悲劇を「皆さんと分かち合いたい」とするメッセージを寄せ、県民の気持ちに寄り添った。何よりも命を大切にし「戦争は政治の敗北」と述べ、軍拡ではなく対話による問題解決を求めてきたゴルバチョフ氏の遺志は、軍事基地が集中する沖縄こそが継ぎたい思いだ。

 2018年1月に沖縄へ発したメッセージでは「沖縄は軍事基地の島ではなく、沖縄の人々の島であり続けなければならない」と述べた。関係者に「自己決定権」という言葉を使ってこう述べたという。

 「こんな恵まれた環境下にありながら、沖縄人がその特性に気付かず、自らが豊かな明日への十分な可能性を閉ざしているとしたら、極めて残念なことだ。次世代の子どもたちのためにも、平和で豊かな発展は、沖縄人の手の内にあることを、もう一度考えてほしい」

 私ら沖縄県民は、この言葉を彼の遺志として重く受け止めたい。心からご冥福を祈るとともに、県民の一人として遺志実現に取り組むことを誓う。