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戦争とメディア 価値観戦争が危険段階に<佐藤優のウチナー評論>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
佐藤優氏

 過去の歴史に照らして沖縄において戦争で真っ先に犠牲になるのは真実だ。太平洋戦争のときの日本の新聞の報道、沖縄戦下で発行された沖縄新報の内容を見ればそのことが分かる。

 2月24日にロシアがウクライナに侵攻した時点では、この戦争はロシアとウクライナの戦いだった。それが現在はロシアと米国を中心とする西側連合との戦いに変化した。日本も西側連合の一員であるので情報空間にゆがみが生じている。その中で琉球新報はロシア軍を駆逐するため、最後の1人になるまでウクライナ人は武器を手にして戦うべきだというような無責任な論陣を張らず、即時停戦を訴えている。沖縄戦の体験が世代を超えて本紙記者に肉体化されているからだ。

 日本ではロシア発の情報がほとんど伝えられていない。9月30日にロシアのプーチン大統領はウクライナの一部地域を併合する条約を締結した。その際に演説を行い、「西側エリートの独裁は、西側諸国の国民を含むすべての社会に向けられています。全員への挑戦状です。このような人間の完全否定、信仰と伝統的価値の破壊、自由の抑圧は、宗教を逆手に取った、つまり完全な悪魔崇拝の特徴を帯びているのです。イエス・キリストは山上の説教の中で、偽預言者を糾弾し、『その実によって、あなたがたは彼らを知る』と言われました。そして、これらの毒の実は、わが国だけでなく、欧米の多くの人々を含むすべての国の人々にとって、すでに明白なことなのです」と述べた。

 以前よりプーチン氏は同性愛に否定的だったが、この見解をさらに推し進め、伝統的家族観に反する西側の価値観を悪魔崇拝の特徴を帯びていると述べるに至った。悪魔崇拝を行っている西側に対し、正しいキリスト教(正教)的価値観を保持するロシアが戦っているという価値観戦争を強調している。

 ここで重要になるのは、ロシア正教会の最高責任者であるキリル総主教が9月25日に行った説教だ。キリル総主教は「教会は、もし誰かが義務感、誓いを果たす必要性に駆られて、自分の召命に忠実であり続け、軍務の遂行中に死ぬならば、その人は確かに犠牲に等しい行為を行っていると理解します。他人のために自分を犠牲にする。そして、この犠牲によって、人が犯したすべての罪が洗い流されると信じています」と述べた。

 つまり軍務の遂行中に死んだ人は罪が洗い流され、天国に行けるということだ。西側連合からするとこの戦争は民主主義VS独裁の戦いだが、ロシアからすると、正しいキリスト教VS悪魔崇拝の戦いなのである。このような価値観戦争は敵をせん滅しない限り終わらない。ウクライナ戦争が第3次世界大戦に発展する危険がある。

 26日に琉球新報主催での筆者のリモート講演会が予定されている。この場で、週1回のコラムでは書き尽くせない、ウクライナ戦争がもたらした国際環境の変化について論じたい。そして読者と共に沖縄の平和を維持する方策について考えたい。

(作家・元外務省主任分析官)