「つらくなる家族もいるのでは」記事化に迷いも…低出生体重児連載で見えたこと<取材ノート・新聞週間2022>1


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低出生体重児が生まれたあと治療を受ける琉球大学病院の新生児集中治療室(NICU)(提供)

 第75回新聞週間が15日、始まった。新聞記者は取材の現場でさまざまな人の思いに触れる。取材で出会った人々の言葉を受け止め、問題に向き合い、記者として何ができるのか考えながら記事を書いている。記事の裏側にある記者の思いを連載で紹介する。

 9月中旬から、体重2500グラム未満で生まれた低出生体重児と、その家族の連載を担当した。きっかけは、低体重児の成長過程を記録できる「リトルベビーハンドブック」の沖縄版の作成が決まったことを受けて、当事者の思いを聞く取材だった。

 すると「外出するときはいつも酸素ボンベと一緒だった」「家で医療行為をするのが怖かった」と、いろいろな話が出てきた。家族が経験してきた困難や今後の課題を知り、ハンドブックができることを喜ぶ記事で終わらせていいのかと、疑問が湧いた。

 そこで家族が抱いてきた思いを記し、社会全体で課題を共有できるような記事を改めて書こうと、取材を始めた。

 低体重児は障がいや病気がある可能性が高い。そうした現実を知った母親たちは、当時の心境について「障がいがあったら愛せないと思った」「産まないほうがよかったのかもしれないと考えたこともある」と振り返った。その度に、障がいや病気がある子を育てることが家族の負担になる社会の在り方そのものに課題があるのではないかと何度も感じた。

 一方で、取材を進めるほどに低体重で生まれた子を亡くした家族の存在も気になっていた。「自分の子の、隣の保育器にいた赤ちゃんが亡くなるのを見た」といった話も聞き、記事に触れてつらくなる家族もいるのではないかと気持ちが揺れた。それでも、当事者の家族の「このテーマを取り上げてくれてありがとう」という言葉に背中を押された。

 連載では低体重で生まれ、障がいがある子やない子、今も後遺症の治療を続けている子など、さまざまな子と家族の姿を紹介した。掲載すると「読んでいて励まされた」「低体重児について初めて知った」など、たくさんの反響が寄せられたことに救われた。

 取材でひとつのテーマを掘り下げる過程で、社会全体の課題が見えてくる。ニュースを届ける手法が多様化する中、新聞にはまだ社会への発信力があると実感した。報じるべきニュースはたくさんある。今後もひとつひとつの取材に丁寧に向き合いながら、新聞記者として果たすべき役割を考えていきたい。

(嶋岡すみれ)