プーチン氏の西側批判 インドや中国など広く影響<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 ロシアでは毎年、内外の有識者を招いて数日間行われるヴァルダイ会議という行事がある。この会議の最終日にはプーチン大統領が出席し、講演を行った後、出席者と討論する。今年、この会議は、モスクワ郊外で10月24~27日に行われた。今回のヴァルダイ会議は、ウクライナ戦争後、初めて行われたこともあり、掲げられた共通テーマも「覇権後の世界―万人のための正義と安全保障」だった。27日にプーチン氏は1時間の講演後、出席者との討論を3時間行った。

 プーチン氏は講演の時は時々メモを見ていたが、有識者との討論ではメモを見たり補佐官からの助言を得たりすることがなかった。内外の問題をプーチン氏自身が正確に把握し、判断している様子がうかがわれた。興味深いのは、プーチン氏が文化論から米国を中心とする西側連合を批判する際の論理だ。プーチン氏は、19世紀に作家のドストエフスキーが西側文明を批
判したことと重ね合わせる。

 <リベラルなイデオロギーそのものが、今日では認識できないほど変化しています。古典的な自由主義が、元々全ての人の自由を、言いたいことを言い、やりたいことをやる自由と理解していたとすれば、20世紀において既に、いわゆる開かれた社会には敵がいることが分かった、そうした敵の自由は制限され得る、あるいは取り消すべきだとリベラリストたちは言い始めていました。今や代替的な見解は全て破壊的なプロパガンダであり、民主主義への脅威であると断言され、不条理の極みにさえ達しているのです。
 /(中略)ドストエフスキーは、19世紀にこのことを預言しました。彼の小説「悪霊」の登場人物の一人、ニヒリストのシガリョフは、想像上の明るい未来について次のように表現しました。「限りない自由を捨て、限りない専制主義で締めくくる」。ところで、これは西側のライバルたちがたどり着いたものです。小説のもう一人の登場人物ピョートル・ヴェルホヴェンスキーは彼に同調してこう言います。「キケロは舌を切られ、コペルニクスは目をくりぬかれ、シェークスピアは石打ちの刑に処された」と、裏切り、密告、スパイはどこでも必要で、社会には才能や高い能力は必要ないと言います。これが、わが西側のライバルがやってきたことなのです。これは、近代西洋文化の廃絶以外の何ものでもありません>(10月27日、ロシア大統領府HP、ロシア語から筆者が訳した)

 ウクライナ戦争後、日本や欧米の情報空間において、ロシア発の情報は歪曲(わいきょく)された宣伝か、ねつ造というレッテルを貼られ、考察の対象から外されている。しかし、プーチン氏のこのような米国とその同盟国に対する批判は、インドや中国、中東諸国、アフリカ諸国、ラテンアメリカ諸国の政治エリートと国民には無視できない影響を与えている。

 プーチン氏は単なる政治家ではなく思想家でもある。ロシア文化に政治を包み込むことによって、ロシアの潜在力を最大限に引き出そうと腐心している。

(作家、元外務省主任分析官)