ハワイから沖縄に豚を送った県系2世、米兵として沖縄に…息子が語った父の生きざま「平和が大事」


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「平和が一番大事」と話すノーラン・タケシ・比嘉さん=4日、那覇市の八汐荘

 戦後、食料が不足した沖縄を助けるために、資金を集め豚550頭を送ったハワイ生まれ県系2世の比嘉太郎さん。第7回世界のウチナーンチュ大会に合わせ、息子のノーラン・タケシ・比嘉さん(73)が来沖し、沖縄で父の生きざまを振り返った。

 ノーランさんは、太郎さんから戦争の話を聞くことはあまりなかったという。仕事でカリフォルニアに滞在し、現地の県人会で沖縄戦について学んだ。太郎さんの死後は残した文書などを頼りに、歴史をたどっていったという。今回の来沖でも太郎さんの文書と出合ったが、日本語で書かれていて読むことはかなわなかった。

 10月29日には那覇市の県民広場で太郎さんのエピソードにちなみ、世界平和を願いながら豚を食べるイベント「Onefes02」(同実行委員会主催)が開催された。ノーランさんも足を運び「琉球の平和の祭典」と副題をつけた同イベントのコンセプトを「とても立派だ」と話した。

 「父は人を殺す考えが大嫌いだった」と振り返る。太郎さんは沖縄戦の前にアメリカ兵としてイタリアに出兵。市民を傷つけたことに心を痛めていた。1945年4月、太郎さんは戦争真っただ中の沖縄に赴任し、うちなーぐちを話せることから、投降を呼びかける役目を担った。周囲は拡声器で呼びかける中、武器も持たずに自分の足でガマに入り、市民に声をかけ続けたという。

 「人を助けることは大切な考えだ」とノーランさん。「世界にとって平和が一番大事」と父の思いを引き継ぎ、ウチナーンチュとして胸を張った。

(金盛文香)