社会

復帰直後の沖縄〈50年前きょうの1面〉11月25日「在沖米軍基地、整理縮小第1次案を提出」―琉球新報アーカイブから―

 1972年5月15日に沖縄が日本に復帰してから今年で50年。27年間のアメリカ施政権下から脱して「祖国」の日本に戻るカウントダウンが進む中、本土との格差是正、自衛隊配備や米軍基地の取り扱い、ドル―円の通貨切り替え問題、初の知事選など、大きな歴史のうねりに翻弄される島の住民は山積する課題に直面する、そんな時代だった。復帰した後の沖縄の発展を展望しつつも、さまざまな制度変更にさらされる行政と政治。琉球新報の紙面もその歴史の一日一日を刻んでいった。

 



 日本「復帰」した1972年11月25日の琉球新報1面トップは、「在沖米軍基地、整理縮小第1次案を提出/那覇防衛施設局が施設庁に/ワクの拡大検討へ/1月日米安保委で協議」との見出しで、沖縄の防衛施設庁の出先機関から米軍基地の整理縮小案が中央に提出されたことを紹介している。記事では「第1次案のくわしい内容は明らかではないが、施設庁によると①沖縄振興計画上返還の必要なもの②都市開発などの支障となっているもの③1975年の沖縄海洋博開催に際し返還の望ましいもの④その他地域の住民に対して危険のあるもの―など4つの基準をもとに、リストアップした」と説明している。

 そばの記事では「米軍基地立ち入り調査要求/共闘体制を確立/石橋書記長談」との見出しで、来県した社会党の石橋政嗣書記長が沖縄の地元が求める基地内t立ち入り要求など地元に寄り添った姿勢で臨むと述べた内容を掲載している。

 このほか「県の医療体系/抜本的に立て直す/医療関係者まじえ協議/地域別の対策協発足」との見出しで、救急医療やへき地医療の立て直しが必要だとの意見が出たことを紹介している。

 

 ◇  ◇  ◇

 5月15日で復帰を迎えたが、沖縄を取り巻く状況は復帰して変わったこともあれば、変わっていないこともあった。琉球新報デジタルは、復帰を迎えた沖縄のその後の姿を琉球新報の紙面でどう記したか、引き続きお届けしていきます。  



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