正月休みにとても感動する本を読んだ。歌手・加藤登紀子氏の自伝的エッセー「百万本のバラ物語」(光文社)だ。「百万本のバラ」は、ラトビアの子守歌が原曲で、ユダヤ系ロシア人の詩人ヴォズネセンスキーがジョージアの画家ピロスマニを思い浮かべ、ロシア語の作詞をした。ソ連時代の国民的歌手だったアーラ・プガチョワが歌い、世界的に有名になった。プガチョワはロシアのウクライナ侵攻に抗議し、イスラエルに出国した。帰国のめどは立っていない。
現在も「百万本のバラ」は、ロシア、ウクライナ、ジョージア、ラトビアで歌われ続けている。愛を歌った歌が政治的対立を超克しているのだ。
ウクライナ戦争に関しても平和を求める加藤氏の真摯(しんし)な想(おも)いが伝わってくる。
<戦争で人々の幸せは取り戻せません。/傷つくのは人々の命であり心です。/侵攻したロシア人も、侵攻されたウクライナ人も、共に被害者です。/一刻も早く戦争が終わってほしい!/でも、その願いも虚(むな)しく、戦争は世界を巻き込み、泥沼と化しています。/あたかも戦争というゲームを観戦するように、戦況を知らせるニュース。悲劇を貪(むさぼ)るように報道するジャーナリスト。/大きな国に立ち向かうウクライナに、いろんな国が武器を提供して長引かせようとする戦争。戦って死ぬのはウクライナ人、そしてロシア人です>(7頁)。
ウクライナ戦争は、事実上、ロシア対西側連合(その中に日本も含まれる)の戦いになっている。
ウクライナに「いろいろな国が武器を提供して」いることが、この戦争が長引く原因になっているという現実から多くのジャーナリストや国際政治学者が目を背けている状況で、加藤氏はポピュリズムに流されずに自らの良心に忠実に発言する。加藤氏の勇気ある姿勢に敬意を表する。
加藤氏はウクライナの現状を太平洋戦争末期の日本と重ね合わせて理解する。
<私が生まれた1943年、第二次世界大戦末期の日本を思わずにはいられません。/日本はもうすでに事実上敗戦していました。それでも日本人は最後のひとりまで戦う、と国は言い続けたのです。/「国を守る」という言葉の強さに引きずられて、日本はたくさんのものを失いました。/私は今も、日本の敗戦がもう少し早かったら、どれほどの人が死なずにすんだのか、それを思わない日はありません。/せめて半年、3ヶ月、いえ1ヶ月でも……。/そうすれば、日本各地の無差別爆撃も沖縄戦も、7月16日の原爆実験も、ヒロシマ・ナガサキの悲劇も、そしてソ連の参戦も防げたかもしれません>(7~8頁)。
1945年2月の時点で日本に勝算はなかった。あのとき戦争を止めていれば、沖縄戦の悲劇はなかった。当時14歳だった筆者の母もこの世の地獄を体験しないで済んだ。沖縄は日本本土を防衛するための「捨て石」にされたのだ。現在、ウクライナは、米国を中心とする西側連合(その中に日本も加わっている)の価値観のための「捨て石」にされているのだ。加藤氏の即時停戦論を評者も全面的に支持する。一つでも多くの命を救わなくてはならない。
これ以上ウクライナ戦争が長引くと、ヨーロッパの緊張が極限に達し、第3次世界大戦が勃発するリスクが高まる。
(作家・元外務省主任分析官)