![](https://ryukyushimpo.jp/tachyon/legacy/002/202303/e1d9aa69e3e74bd8a8e13f50b2720c54.jpg)
「失墜した信頼をどう回復するか、私たち議員一人一人の責任が問われている」。業者からの現金受け渡し問題で那覇市議会議長を辞職した久高友弘氏の後任として、第41代議長に就任した。「市民に開かれた議会を目指し、議長室のドアはいつでもオープンにする」と誓う。
石垣市出身。中学1年の時に那覇市に移り住んだ。那覇高校では野球部に所属し、「根性と忍耐力を培った」。
政治家を志したのは、衆院議員などを務めた故・白保台一さんとの出会いがきっかけだ。21歳の時、白保さんの県議選で選挙事務所の仕事を手伝った。「市民に尽くす姿を見て、素晴らしい仕事だと思った」。39歳だった2002年、衆院議員になっていた白保さんの秘書に採用され、約7年間働いた。白保さんの政治家引退を機に、46歳で那覇市議選に挑戦。初当選を果たした。
市議になってからは、琉球王国時代に冊封使らを歓待した「御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)」の復元や、国連機関の沖縄誘致を訴えてきた。「国際紛争を沖縄で解決し、御茶屋御殿で外交交渉をしてもらう」と大きな夢を描く。
議長選の所信表明では、政治倫理条例の制定、大規模災害への備え、議会のDX化に取り組むと掲げた。「言葉だけでなく行動で示していかないといけない」と気を引き締める。
座右の銘は「至誠一貫」。「真心を尽くせば道は開ける。変化球は得意じゃない。直球で物事に当たる」と力を込める。60歳。
(伊佐尚記)