喜友名「目指していたのはこの場所」 五輪でもなく10連覇でもなかった到達点


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引退会見で思いを語る喜友名諒=17日午後、豊見城市の沖縄空手会館(小川昌宏撮影)

 アジア空手選手権の団体形で6連覇を達成した喜友名諒(32)、金城新(31)、上村拓也(30)が17日、引退会見を開いた。

 喜友名は言葉を詰まらせながら現役生活を振り返った。

 ―引退を決めたきっかけは。

 「選手としてやれることはやったのではないかと感じていた。団体で自分たちが一番強いということを(22年の)アジア選手権でも証明することもできたので選手生活を終えることを決めた」

 ―3人で歩んできた道はどういったものだったか。

 「ナショナルチーム入りしてもなかなか思うような結果が出ず、日本代表が取れない時期も続いた。この3人だからこそ我慢して、目標を達成するまでできた。何が何でも3人で、先生方が見てきた世界の景色を見てみようと続けることができた」

 ―印象に残っている試合は。

 「14年に世界選手権個人形で優勝したが、世界一になっても何か違うなというのがあった。16年の世界選手権で3人で表彰台に上った時に目指していたのは、この場所だったと思った」

 ―東京五輪について。

 「コロナ禍で延びた1年も成長して挑めた。その間、一緒に稽古をしてくれる仲間、応援してくれる方々がいて、五輪の舞台に全員で挑む気持ちだった。特別な舞台ではあったが、いつも通りのイメージで挑めた」

 ―沖縄発祥の空手を沖縄から発信した意義は。

 「空手をしていても沖縄発祥だと知らない方々もいる。五輪などで、発祥の地というのが知られるようになったと思う。空手を通して、日本でも世界でも、つながってどんどん広めていけたらいいなと思う」


 きゆな・りょう 1990年7月12日生まれ、沖縄市出身。高原小、沖縄東中、興南高、沖縄国際大出身。5歳から空手を始めた。中学3年から劉衛流の佐久本嗣男氏に師事。大学2年で代表入り。全日本選手権は2012年から10連覇。2年ごとの世界選手権は14年から21年まで4連覇。16年世界選手権団体形で優勝。