氷原の蝶/妻咲邦香 <琉球詩壇・4月1日>


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氷原の蝶

妻咲邦香(長野県)


 

真冬に蝶が舞う
氷柱の合間を縫って
誰からともなく受け継いだ景色を切り刻み
手塩にかけて饗すように

鈍行列車の窓硝子
私の姿がやけに気になる
選んだ色彩が褪せるのを待っているようで
随分遠くまで来た
町の名前も覚束ない
無人の改札を過ぎ
スマホの充電の残量を確かめる

憧憬が点滅を始める
あまりにも長い時間、忘れないでいた
言葉にしたらすぐにでも逃げられそうなのに
影はますます色を強めて
誰も憎めず、羨みもしない
この眼が捉えるのは、私だけの風景と信じて
それでもいつか見せたい人がいた

記憶は呼び鈴を鳴らす
来客もなく、主も居ない廃墟
そうか一人なんだと思えたら泣けてくるから
雪解けの土に染み込む一雫
誰かのための生命なら
綺麗に飾って差し出すのだと
浮ついた世を眼下に臨み
氷原の蝶が辿り着きたいのは
楽園では決してないのだろう


西原裕美・選

寸評

世界観を確立しており、表現する際の繊細な言葉のチョイスにも引き込まれる。