琉球舞踊との出合い 美しき沖縄特有の文化継承 河瀬直美エッセー<とうとがなし>(5)


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2021年なら国際映画祭にて。春日大社奉納『諸屯』(撮影・百々武)

 奄美大島にはデイゴ並木で有名な諸鈍集落がある。山田洋次監督の寅さんシリーズで渥美清さんとリリーに扮する浅丘ルリ子さんがロケをした場所として一躍脚光を浴びた。私が奄美大島で『2つ目の窓』という作品を撮影していた2012年頃には、このデイゴたちが花を咲かせず枯れてしまう現象が起きていて、デイゴヒメコバチという害虫が原因のようだった。一説によると2005年に石垣島で初めてこの虫が確認されてから、海を超えた広範囲に渡ってデイゴの木が被害に遭っていることになる。

 あれから月日は流れ、ふたたび沖縄に通うこととなる理由のひとつに宮城茂雄さんとの出会いがある。人間国宝・能楽師大倉源次郎さんのご紹介で琉球舞踊家の彼と知り合ったのは、コロナ禍の最中である。ユネスコの活動の一環で「世界の文化従事者たちが表現の場を奪われている現状をなんとかしたい。日本において各分野の表現者とこの状況をどう捉えてゆけばいいか座談会を開催して欲しい」と依頼があり、催したオンライン座談会に参加いただいた。総勢20名ほどのオンライン。その右の端の下の方で、静かに話を聞いていた茂雄さんの表情を今でも覚えている。

 それから2ヶ月後に沖縄で対面した彼は琉球絣の夏絹の着物を身に纏(まと)いロワジールホテルに現れて、ラウンジで1時間ほどお話をした。全く琉球舞踊というものを知らない私だったけれど、誠実そうなお人柄に安心して自分の映画に対する想いばかりを話していたような気がする。4ヶ月後には、「なら国際映画祭」のオープニングにて、世界遺産春日大社様の本殿前のお庭にて初めて彼の女踊りを目の当たりにする。それはまるで夢のような光景であった。篝火(かがりび)に照らされて妖艶なまでの舞は、空に浮かぶお月様の幽(かそ)けきあかりとも相まって岡本太郎がかつて沖縄文化論で語っていた「一瞬たりとも動きが止まらず自由で優しく、官能的でいて格調高い」という言葉がピッタリくるものであった。太郎さんに茂雄さんの舞を見せて差し上げたかったと、叶わない夢のように切に願ったほどだ。

 その時の舞こそが『諸屯』である。奄美の『諸鈍』との繋(つな)がりはあるのだろうか? 海を越えて伝わる文化。かつて奄美は琉球の一部であったことも関係しているのだろうか? いずれにしてもこの『諸屯』が琉球舞踊の中で最も演技力が要求される最高峰の演目と称されていると知ったのは、その後のことである。この美しき沖縄特有の文化をもっと多くの人に届け、継承してゆきたい。そんな想いを抱いてからは、琉歌を茂雄さん監修のもと「自由訳」したり、国立劇場おきなわでの組踊公演に通ったり、満開の桜のもと彼の舞と私の映像のコラボレーションを開催してきた。

 そのようなご縁を繋いで2023年7月15日。東京のセルリアンタワー能楽堂にて6年ぶりとなる宮城茂雄リサイタルの舞台に『諸屯』の自由訳を朗読する役割をいただいた。幼少の頃から琉球舞踊を極めてきた茂雄さんのお舞台にのせていただく信頼を裏切らないように、しっかりつとめたいと想う。琉球文化の真髄を、まだそれを知らない方々への普及も含めてこれからも一助を全うすることができればと願っている。

(映画作家)