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ロシア大使館のパーティー 関係悪い時こそ交流を<佐藤優のウチナー評論>


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佐藤優氏

 各国には国祭日(ナショナルデイ)がある。1年のうちで当該国家が最重視する祝日で、この日の前後に大使館はパーティー(レセプション)を行う。日本の場合、天皇誕生日(2月23日)が国祭日だ。

 9日、東京麻布台のロシア大使館で国祭日のパーティーがあった。ロシアの国祭日は6月12日(1990年のこの日にロシアが主権宣言をしたのを記念)だが、パーティーを少し早めたのだろう。筆者が作家になってから毎年、ロシア大使から招待状が届いていたが、公式の場には出たくないので欠席していた。今年は政府レベルの日ロ関係が非常に悪化しているので民間の有識者の一人として日ロ関係を維持するために、こういう行事に出席する意義もあると考えたので久しぶりにロシア大使館を訪れた。

 閑散としたパーティーになると思っていたが、人であふれていた。ざっと数え、300人以上が集まっていた。現職の国会議員で出席していたのは鈴木宗男参議院議員(日本維新の会)だけで、鳩山由紀夫元首相が乾杯の音頭をとった。日本外務省からの参加者はいなかった。

 去年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、恐らく外務省ではロシア外交官との接触を極力少なくするという方針をとっており、それを反映してロシア国祭日のパーティーに誰も出席していないのだと思う。これは間違ったアプローチだ。外務省の事務次官、局長などの幹部がロシアの国祭日の行事に出席しないのは、日本政府としてロシア政府の政策に抗議する意味合いがある。

 しかし課長補佐以下の外務官僚がパーティーに出席しても政治的意味はない。むしろ日ロ関係が悪い時ほど実務を担う現場での信頼関係を強化する必要があるので、事務官や課長補佐は積極的にこの種の会合に出席すべきと思う。このタイミングでロシア側がどのようなメッセージを発するのか情報収集することも外交官としての重要な仕事だ。

 国会議員に関しても、政府の立場とは別の観点から議員外交を展開する必要がある。ロシアとの関係維持の重要性を行動で示しているのが鈴木宗男氏だけというのは少し寂しい感じがする。マスコミ関係者はたくさんいた。また日ロ経済に従事する人々も多数出席していた。情報収集と人脈維持の重要性を理解しているからだと思う。

 オベチコ臨時代理大使(現在、大使は空席)は、ウクライナ戦争に対するロシア政府の立場を説明し、政治的に日ロ関係にさまざまな問題が生じているが、経済と文化交流は比較的順調であるという趣旨のスピーチをした。ロシア政府は日本を非友好国と位置付けているが、その制約条件の中で、ロシア大使館としては、日本との経済関係と文化交流を維持して、関係悪化を止めようとしているという強い意思がうかがわれた。中央アジア諸国の大使も出席していた。

 パーティーでの食事も、ケータリングを用いずに「シューバ」(ニシンとビーツを使ったサラダ)、「ペリメニ」(シベリアギョーザ)など手作りで手間のかかる料理が多かった。また若手外交官までもが夫妻で参加し、来客と極力親しくなるようにしていた。

 国家間関係が悪い時に人間的信頼関係を構築するために日本に駐在するロシアの外交官は全力を尽くしている。モスクワの日本大使館員も同様の努力をしているのであろうか。少なくとも筆者の耳には、モスクワの日本外交官がそのような努力をしているという話は聞こえてこない。

(作家・元外務省主任分析官)