豊かな自然や歴史に触れようと2018年に、初めて沖縄を訪れた。ひめゆりの塔にバスで向かう道中、運転手が停留所で乗り降りする一人ひとりに声をかけ、車内アナウンスで観光ガイドをする様子に「ゆったりとした時間が流れているな」との印象を持ったという。
12日付で日銀那覇支店長に就任した。22年6月から1年間は政策委員会室広報課長で、総裁の記者会見を取り仕切る立場だった。支店勤務は初めて。就任会見では県内の経済情勢について「手触り感をもって、経済構造や歴史、文化的背景を勉強し判断する必要がある。身が引き締まる思いがする」と意気込んだ。
大阪大学経済学部を卒業後、パブリックセクター(公的機関)で働きたいとの思いがあり、学んだ経済学を生かそうと1996年に入行した。特定の専門分野を歩んだわけではなく、金融庁や預金保険機構への出向、日銀の最高意思決定機関である政策委員会委員の秘書など幅広く経験を積んだ。香港には2度赴任し、計約6年を過ごした。香港事務所長として駐在した2度目は民主化デモがあり、若者が体を張る現場も目の当たりにした。「沖縄はちょうど香港と東京の中間にある。違った視点で、沖縄と日本をみながら経済、金融を考えたい」。
部活で打ち込んだサッカーは社会人になっても続けており、1936年創部の日銀サッカー部にも所属。「沖縄でもチームがあれば参加したい。ここに来たからにはFC琉球と沖縄SVを応援しないと」と笑った。東京都出身の50歳。