社会

一中60期「一条会」、活動に幕 戦没した学友弔い50年余

沖縄戦を体験した県立第一中学校(現首里高校)の第60期生でつくる「一中一条会」のメンバーら=11月(大山盛英さん提供)

 県立第一中学校(現首里高校)の2年生だった1945年に沖縄戦に巻き込まれた、60期生による同期会「一中一条会」が29日までに解散した。戦争直後、60人余りいた同期生は減り、高齢化のため組織的な活動の継続が難しく、活動に区切りをつけることを決断した。会員らは「断腸の思いはあるが、解散はいずれ訪れる宿命。戦争で亡くなった友を思い、集まり続けた。活動を互いにたたえ、発展解消したい」と語った。

 45年3月28日、一中2年生の約115人は真和志村繁多川(当時)に司令部を置く電信第36連隊に入隊させられた。このうち72人が戦禍で命を失った。
 一条会は62年に発足。活動目的の第一に「慰霊祭への参加呼び掛け」を掲げ、会員による遺骨収集や親睦会、広報誌の発行など各活動に取り組んできた。
 12月1日に最後の総会を開き、解散を決定した。解散時点の会員数は46人で、解散総会に会員13人、遺族6人が出席した。
 最後の会長を務めた大山盛英さん(84)=那覇市=は「戦争で亡くなった友を思い続けるという目的を達成したと言っていい。解散の節目を迎えたが、今後も月1回同期で集まることにしている」と語った。
 国際的に知られる英文学者で、17日に亡くなった琉球大学名誉教授の米須興文さん(享年84)も同期生だ。
 学徒兵として沖縄戦を体験し、戦後は米兵になった喜舎場朝介さん(85)=米国ハワイ州在=は「回想録の出版、遺骨収集などに取り組んだ。同期の減少にわびしさもあるが、これまでの活動をたたえ、発展解消と捉えたい」と振り返った。(島袋貞治)