著者は洪〓伸。韓国ソウル生まれの若い研究者だ。国際関係学を早稲田大学で学び、沖縄を初めて訪れたのは2002年の夏だという。まず驚くのは、本書が日本語で書かれた論文であるということだ。母語以外の言語をこれほど豊かに使用する才能には驚嘆する。ここにも本書の魅力の一つがある。
論じられる対象は沖縄戦における「慰安所」。日本軍は延べ130カ所もの「慰安所」を設置したという。本書の特徴について著者は次のように述べる。「本書で取り入れる『叙述』が『慰安婦』とされた『朝鮮人』によるものでなく、『慰安所』という『戦時性暴力』の制度化されたシステムを見た側、つまり沖縄の住民の証言である点で、既存の研究とは異なる特徴を持つ」と。
著者は、日本軍が「慰安所」のシステムを考えたのは中国戦線からであったとしてその起源から問う。中国戦線において日本軍は女性への拉致や暴行を繰り返し、激しい反日感情を生み出す原因となる。それを回避するシステムとして「慰安所」が設けられたのだと。そして沖縄戦においては軍隊によって制度化され管理化されたものであったことを証明する。さらに、戦後米軍支配下に置かれた沖縄では「慰安所」は制度として温存され米軍を対象にした「特設慰安所」が設置された時期があったと思考の射程を伸ばしている。
著者は多様な文献や資料、そして自らの聞き取りを援用しながらも論述することには慎重である。「『戦場には常にそういう暴力があるという語り』で普遍化することは避けなくてはならない。(中略)一般化され抽象化された言説が、被害者の苦痛をスローガン化してしまうからであり、そういう他者化は被害者の苦痛を自分の身体体験とともに考察する微(かす)かな可能性を封じ込めてしまうからだ」と。
このような姿勢から放たれる言葉は共感することが多い。「慰安所」を切り口にした本書は、沖縄戦を俯瞰(ふかん)する新鮮な視野をも与えてくれる。このこともうれしいことである。(大城貞俊・作家、大学非常勤講師)
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ほん・ゆんしん 1978年韓国ソウル生まれ。韓国中央大学、早稲田大学アジア太平洋研究科修士・博士、専攻は国際関係学。現在、青山学院大学非常勤講師。
※注:〓は王ヘンに「允」