「はいたいコラム」 牛育ては人育て


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 島んちゅの皆さん、はいたい~! 岩手県岩泉町で山地酪農を営む「なかほら牧場」の中洞正さんとの対談に行ってきました。山に80頭の牛を1年中放牧し、牛と人が共生する暮らしです。伸び伸び育った牛の乳(温度65度で30分殺菌のノンホモ=ノンホモジナイズ、脂肪球を均一化せず生乳に近い風味)は720ミリリットルで1188円。今やテレビやメディアで「日本一高い牛乳」として評判です。

 対談を企画したのは、東北6県の食べ物付き情報誌「東北食べる通信」の高橋博之編集長。大都市の人混みと窮屈さと、自然の中で寒さも暑さも肌で知る暮らし、果たして本当に優雅なのはどちらか考えさせられるものでした。青い海や緑の中に身を置くと落ち着きますよね。なぜなら人も自然の一部なのです。

 牧場スタッフ14人の平均年齢は26歳! 年間200人を超える若者がやって来ます。この日も研修を終えたばかりの東京農大出身の島崎薫さんが聴きに来ていました。中洞さんに突然指名されてあいさつしたのですが、なんと「神奈川で山地酪農を始めます」と宣言しました! 現在、山の地権者100人以上に説明会をしているそうです。島崎さんの夢のプレゼンがあまりにも素晴らしくて私は感動で涙を流していました。もし私が地権者だったら、すぐさまうなずいて出資したくなるほどの説得力でした。さらに指名されたのは埼玉の女子高生、戸田苑美さん。なかほら牧場での研修を機に畜産大学へ進み、山地酪農家になると、100人近い大人を前に堂々と語りました。牧場では来客のたびに懇親会で、自己紹介と自分の夢を語るそうで、なるほど伝える力が付くはずです。夢は持つことも大事ですが、言葉にして語ることで初めて具現化していくことを、中洞さんは実践されているのでしょう。

 農業には後継者がいない。とりわけ酪農はもうからない上にハードだから担い手がいない。希望が見いだせないと決めつけていた私のジョーシキは、目の前の夢あふれる酪農家のたまご女子2人に、百八十度覆されました。彼女たちは山の自然と中洞さんの背中と牛の命を目の当たりにし、体験する中で自分の生き方を決めたのです。

 なかほら牧場で生産しているのは一見牛乳のようでいて、実は牛を放って国土を耕し、人を育てているのでした。

(フリーアナウンサー・農業ジャーナリスト)

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小谷あゆみ(こたに・あゆみ) 農業ジャーナリスト、フリーアナウンサー。兵庫県生まれ。介護・福祉、食、農業をテーマにした番組司会、講演などで活躍中。野菜を作る「ベジアナ」として、農ある暮らしの豊かさを提唱、全国の農村を回る。

(第1、3日曜掲載)