「戦争、毎日思い出す」 中山さん 平和ガイドに講話 体験の継承、託す


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 【糸満】県観光ボランティアガイド友の会など五つの平和ガイド団体で構成するわくこえネットは3月26日、「第2回学習会中山きくさんとの対話」を糸満市摩文仁の県平和祈念資料館で開催した。平和学習のガイドや学生ら約60人が参加した。元白梅学徒隊の中山さんは「皆さんは一生懸命活動しているが、戦争を伝えていく、これから将来のメンバーの養成を考えないといけない」と沖縄戦体験の継承の在り方を危惧した。

中山きくさんの話に熱心に聞き入る平和ガイドら=3月26日、糸満市摩文仁の県平和祈念資料館

 対話では、事前に寄せられた中山さんへの質問を戦前、戦中、戦後に分け、全10項目に答えてもらった。

 白梅学徒隊として戦場で負傷兵の看護に当たっていたが軍医から中部の西海岸に米軍が侵攻したと聞き、「大ショックだった。それまで友軍が助けに来てくれると思っていた」と日本軍を信じて任務を全うしていた戦中を振り返った。

 解散後、行く先も決まらない中、2、3人のグループに分かれて南へ逃げた。避難先を探していると「壕に入っている人は他の人が近寄ることを嫌がった。戦争になったら人間の気持ちは恐ろしい。共倒れを恐れていたのでしょう。これが戦争です」と静かに語った。

中山きくさん

 体験を語るきっかけは、夫の転勤で広島、鹿児島、神戸で暮らしたことだったと説明。「被爆者らとの交流から沖縄戦を後世に伝える重要性に気付いた」と話した。

 荷物を積んだ米軍車両を見るたびに日本軍を思い出すとし、「沖縄では戦争を思い出すタイミングが毎日のようにある」と話した。中山さんは「体験者が少なくなってきて皆さんの役割が大きくなっている。後をよろしくお願いします」と参加者に託した。